吉良義昭(読み)きら よしあきら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉良義昭」の解説

吉良義昭 きら-よしあきら

?-? 戦国時代武将
吉良義尭(よしたか)の3男。三河(愛知県)西条吉良氏をつぐ。今川氏真(うじざね)により次兄吉良義安にかわって東条城にうつされる。永禄(えいろく)4年(1561)松平元康(徳川家康)とたたかい降伏。6年三河一向一揆の主将に推されふたたび家康とたたかい,近江(おうみ)(滋賀県)にのがれるが,摂津芥川(大阪府)で戦死し,西条吉良氏はたえた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の吉良義昭の言及

【吉良氏】より

…戦国末期西条吉良義郷の弟義安が東条吉良持広の養子となり,争いが止む。西条吉良義昭の出奔後,家康は義安に東条・西条を併有させた。その子孫は高家(こうけ)に列し吉良荘内3000石を知行。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」