加瀬木村(読み)かせぎむら

日本歴史地名大系 「加瀬木村」の解説

加瀬木村
かせぎむら

[現在地名]佐治村加瀬木

佐治川の南岸にあり、集落はV字谷の谷底にある。対岸高山たかやま村、南の加瀬木山・南安蔵みなみあぞう谷を越え江波えなみ(現用瀬町)に至る。中世には佐治郷南方のうちで、苅地かるちの次に開発されたことから「二ノ小屋」と称されたという(因幡志)。文永三年(一二六六)四月一三日の沙弥正仁相博状(因幡民談記)によれば、「かせきの村」についての争論が和与となり、「ひほうたにより東」を以後違乱しないことが取決められている。「ひほうたに」は当地の字ヒッポウだにに比定される。永仁七年(一二九九)佐治五郎忠重の遺領佐治郷南方一分地頭職などをめぐる相論が和与となった際には、忠重の孫珍女に「加世木道倉作」と注される同郷内の畠一反半の領知が認められている(同年三月日「僧道徳・沙弥観守・尾張重経連署和与状」、同年四月七日「六波羅裁許状案」ともに同書)。応永二〇年(一四一三)八月日の佐治南方大井知行分目録(同書)には「木」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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