兼定島村(読み)けんじようじまむら

日本歴史地名大系 「兼定島村」の解説

兼定島村
けんじようじまむら

[現在地名]松岡町兼定島

九頭竜くずりゆう川中州の北岸にあり、南は末正すえまさ村、南西わたり村。慶長六年(一六〇一)九月九日付山川菊松宛結城秀康知行宛行状(山川家文書)に村名がみえる。正保郷帳によると、田方四四五石余・畠方二四二石余。正保二年(一六四五)松岡藩領、享保六年(一七二一)再び福井藩領となる。

安永二年(一七七三)福井藩金津領村鏡(高橋家文書)によると、村高のうち五〇石は給人渡、田方一二町五反余・畑方二町七反、年貢率は一割八歩で頂上免は元禄一三年(一七〇〇)の四割一分。諸役銀として御鷹餌代・川除銀・道銀・川役銀・舟役銀があり、家数四六、人数男一〇〇・女一〇一・雑家男女三八、牝馬二四疋。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android