八瀬郷(読み)やばせごう

日本歴史地名大系 「八瀬郷」の解説

八瀬郷
やばせごう

矢合やわせ町辺り。熱田社領。鎌倉後期の熱田社領国衙方押妨注文案(猿投神社本「本朝文粋」巻二紙背文書)に「八瀬郷被奪取質物等注文到来」とみえ、この頃国衙方の押妨をうけていた。応安二年(一三六九)八月の妙興みようこう(現一宮市)領に関する公役納法下地等注文(妙興寺文書)では「三宮方」として「一所三反景三反 八瀬郷内清須畠 七百五十文」とみえ、南北朝期においても熱田社の支配が及んでいた。ただし郷内の田畑すべてに支配が及ぶのではなく、熱田社への貢納「色」が義務づけられている田畑は「公田」「公畠」と称され、それ以外の田畑と区別されていた。社家への色は、右の例では反別二五〇文である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android