二ッ木村(読み)ふたつぎむら

日本歴史地名大系 「二ッ木村」の解説

二ッ木村
ふたつぎむら

[現在地名]松戸市二ッ木・新松戸しんまつど三丁目

幸谷こうや村の南にある。村域は下総台地西端部から江戸川左岸低地にかけて展開し、集落は下総台地に東西に入り込む谷津の入口および谷津の北側にあり、村の東を水戸道が通る。「本土寺過去帳」一六日の妙善入には応永三五年(一四二八)二月の年紀がみえ、「二木彦七」と注がある。そのほか二木に関する結縁者では一二日の妙忍尼(寛正六年)に「二木ノ藤内三郎家中」、二四日の妙徳(文明二年七月)に「二木平七 アヒコニテ被打」などと注記があり、また九日の明玄位(永正二年八月)には「東郷殿 フタツキ」とある。

二ッ木村
ふたつぎむら

[現在地名]墨俣町二ッ木

墨俣輪中の北部中央、美濃路の南に位置し、北東墨俣村、西は東結ひがしむすぶ(現安八町)。二木とも記し、中世二木郷の遺称地とされる。慶長郷帳に二木村内三二石余は加藤光直領、二ッ木村内一五二石余は石黒重玄(善十郎)領とみえる。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では尾張藩領一五二石余と旗本加藤光直領三二石余の二給。正保郷帳では同藩領のみで(幕末まで変化なし)、田高一〇九石余・畑高四三石余。明暦覚書によると概高一八六石余、人数八五、馬六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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