日本大百科全書(ニッポニカ) 「中間子」の意味・わかりやすい解説
中間子
ちゅうかんし
meson
物質を構成する素粒子のうち互いに強く相互作用をするものはハドロン族に分類され、そのうちスピン(素粒子の固有の角運動量)が半整数の粒子は重粒子(バリオン)、整数の粒子は中間子(メソン)とよばれる。代表的な重粒子は原子核を構成する陽子と中性子(核子と総称)、代表的な中間子は湯川秀樹(ゆかわひでき)がその存在を予言したπ(パイ)中間子で、電荷(電気素量単位)Q=+1,0,-1の3種類(π+,π0,π-)がある。ともにスピンJ=0、パリティ(偶奇性)Pは負(JP=0-と表す)で質量もほぼ等しい。このようにJPなどの量子数を共有し質量もほぼ等しいが電荷だけが異なるものを別々に数えるといままでに百数十個の中間子が発見されている。
[大槻昭一郎]
湯川理論
湯川の中間子論は1935年に発表され、1949年日本人最初のノーベル賞(物理学賞)を授与された。電子とともに原子を構成する原子核が核子の束縛系であることはすでに1932年に明らかになっていたが、核子を結合させる力、核力、は荷電粒子の間に働くクーロン力と比べると、強さは100倍程度大きい一方で原子核の大きさ程度の小さい距離でしか働かないという特徴があり、その本性は当時まったく不明であった。湯川は核力はU粒子という未知の粒子が核子の間に交換されることによって生じると考えた。こうすると距離r離れた2個の核子の間の核力の位置エネルギーは
となる。この形は湯川ポテンシャルとよばれr>r0で小さくなる。mはU粒子の質量、cは光の速さ、ħ=h/2π(hはプランク定数)。原子核の大きさからr0~2×10-13cmととるとU粒子は質量エネルギーとしてmc2~100MeV、すなわち核子と電子の「中間」の質量をもつと予言された(当時素粒子と認められていたのは核子、電子、クーロン力を媒介する質量ゼロの光子、原子核のβ(ベータ)崩壊に伴って放出されると予想されていたニュートリノだけであった)。gは核子とU粒子の相互作用の強さを表す結合定数で、核力が強いのでg2/4πは大きい。
湯川はさらに、核子から放出されたU粒子が電子とニュートリノとに崩壊するとしてβ崩壊をも説明しようとした。この面で湯川理論は、自然界のさまざまな相互作用を統一的に扱おうとする素粒子物理学の統一理論の先駆の一つをなすものである。
[大槻昭一郎]
統一理論
1937年宇宙線中に発見されたmc2~100MeVの粒子が湯川理論の予想に反して原子核と強くは相互作用をしないことから、坂田昌一(しょういち)らは、このμ(ミュー)粒子はU粒子とは別物で2種類の中間子が存在すると考えた(二中間子論、1942)。期待されたとおりの強い相互作用をするπ中間子は1947年宇宙線中で発見され、翌年加速器で人工的に生成された。π±の質量はmc2=140MeV、π0のそれは135MeVである。なお、rr0の外のほうの領域の核力はπ中間子の交換による湯川ポテンシャルで表されるが、内側のr≪r0では質量が大きい中間子も媒介するなど複雑になる。また、μ粒子は電子やニュートリノなどとともに強い相互作用をしないスピン1/2のレプトン族(軽粒子族)に分類される。
[大槻昭一郎]
中間子の構造
中間子はスピンJ=1/2のクォークqとその反粒子がグルーオンの媒介する力で結合した束縛系である。q、
およびグルーオンは「色(いろ)電荷」とよばれる量子数をもち、量子色力学による力の特性からすべて中間子の内部に閉じ込められると考えられている。
二、三例をあげよう。クォークのうちもっとも質量が小さい、すなわち軽いのは電荷Q=2/3のuクォークとQ=-1/3のdクォークであるが、π中間子はこれらとその反粒子ū、(反クォークのQは逆符号)の束縛系としてπ+~u
、π0~uūおよびd
、π-~dūである。これらqと
の間の回転の角運動量はゼロ、互いのスピンは反平行(スピン1重項)で、その結果π中間子はJP=0-となる。u、dに次いで重いのはストレンジネスとよばれる量子数S=-1をもつQ=-1/3のsクォークで、π+でuをsに入れ替えたのがS=-1の
0~s
でmc2=498MeV、また
を
(反クォークのSは逆符号)に入れ替えたのがS=+1のK+~u
で494MeV。このようにJP=0-は共通でQ、Sが異なるπを含めた8種類の中間子がmc2=547MeV以下にそろっている。次に重いものとしてJP=1-の9種類の中間子がmc2=771~1019MeVに現れる。sに次いで重くなる順にc(Q=2/3、量子数チャーム=1)、b(Q=-1/3、量子数ボトム=-1)、t(Q=2/3、量子数トップ=1)のクォークが存在し、これらを含んだ重い中間子、たとえばmc2=9460MeVの中間子γ~b
なども、多数発見されている。なお、重い中間子は一般的には強い相互作用で軽い中間子へと崩壊するが、もっとも軽いπ中間子は強い相互作用による崩壊相手がなく、π±はμ±とニュートリノへ、π0は2個の光子へ、それぞれ崩壊する。
場の量子論では対称性が自発的に破れるとき質量ゼロ、スピンゼロの南部・ゴールドストーンの粒子が出現することが知られている。数ある中間子のなかで特別に軽いπ中間子は、質量がゼロに近いu、dクォークに特有のカイラル対称性の自発的破れに伴う南部・ゴールドストーンの粒子ともみなされるが、この対称性が完璧(かんぺき)でない分だけπ中間子が小さい質量をもつと考えられる。
[大槻昭一郎]
『原康夫著『素粒子』(1980・朝倉書店)』▽『小川修三・沢田昭二・中川昌美著『素粒子の複合模型』(1980・岩波書店)』▽『日本物理学会編『物質の窮極を探る――現代の統一理論』(1982・培風館)』▽『近藤都登著『トップクォークの発見』(1996・丸善)』▽『南部陽一郎著『クォーク――素粒子物理はどこまで進んできたか』第2版(講談社・ブルーバックス)』▽『湯川秀樹著『旅人 ある物理学者の回想』(角川文庫)』