下間久里村(読み)しもまくりむら

日本歴史地名大系 「下間久里村」の解説

下間久里村
しもまくりむら

[現在地名]越谷市下間久里

大里おおさと村の北に位置し、北は上間久里村。宝永三年(一七〇六)以前は元荒川に沿って日光道中南北に通じ、集落は道中に沿い列村状に連なっていたが、同年の元荒川の付替えで川辺から離れた。間久里は蒔里とも書かれ(「大沢真蔵院由緒書」真蔵院文書)、条里制の遺名との説もある。当地では天文二年(一五三三)在銘などの板碑が発見されている。田園簿に村名がみえ、高は田方三九七石余・畑方六五石余、幕府領。元禄一〇年(一六九七)検地帳(越谷市引継文書)によれば高五二一石余、反別は田方四三町一反余・畑方一九町三反余、高外で草銭場一反余・御用萱野四反余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android