下枝館跡(読み)したえだたてあと

日本歴史地名大系 「下枝館跡」の解説

下枝館跡
したえだたてあと

[現在地名]郡山市中田町下枝

御館みたて(五二四メートル)山頂に築かれた戦国期の館で、いわゆる田村四八館の一。交通の要地であったので、田村氏一族中の重臣橋本刑部少輔顕徳が居住していた。当館(上館)のほかに下枝脇館もあった。慶安二年(一六四九)の三春領古城絵図(木目沢家蔵)によれば下枝上館は根回り七〇〇間・高さ二〇間、山頂平場東西一三間余・南北一〇間余。北は断崖、西は山続きを空壕で区切り、南麓に在家があり、頂部水無しと記されている。天正一四年(一五八六)田村清顕が没したが、翌年の田村家中血判誓状(「田母神氏旧記」田母神文書など)に下枝城主橋本刑部少輔、下枝脇館主横田平内左衛門盛尊とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android