日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ルイス(Juan Ruiz)
るいす
Juan Ruiz
(1283?―1350?)
聖職者としての呼称「イータの主席司祭」Arcipreste de Hitaでも知られるスペインの詩人。生涯に関する資料的裏づけは皆無だが、彼の長編詩『聖(きよ)き愛の書』(14世紀末の写本3種あり)にみられることばに従えば、マドリード近郊のアルカラ・デ・エナーレスに生まれ、トレドで教育を受けたらしい。『聖き愛の書』は中世スペイン文学の一大傑作で、自伝的体裁をとり、肉体的な愛から崇高な宗教上の愛に至るまで、さまざまなアレゴリーを駆使して描いている。詩人は「罪を犯すのは人の性(さが)」という覚めた目で現実を見据え、自分を32の寓話(ぐうわ)に絡ませて筋を展開する。ときには奔放な色欲を是認し、またときにはそれを痛烈に排撃して神への道を諭(さと)す。当然あいまいで矛盾する箇所も多いが、それは現実・人間の複雑さと多様性に呼応すると同時に、この作品に豊かな多義性を潜ませる文学上の修辞とも解釈される。
[清水憲男 2017年12月12日]