日本大百科全書(ニッポニカ) 「トニオ・クレーガー」の意味・わかりやすい解説
トニオ・クレーガー
とにおくれーがー
Tonio Kröger
ドイツの作家トーマス・マンの短編小説。1903年刊。豪商の子で詩や音楽の好きな少年トニオは、苦悩の果て作家となるが、帰郷したとき手配中の詐欺師と間違えられてしまう。自伝的要素の濃い、初期のマンの芸術観の告白ともいえる作品。その根底には、「市民」が住んでいる日常的な「生」の世界と、「芸術家」が住む孤高な「精神」の世界とはけっして相いれないという、世紀転換期ヨーロッパの支配的な芸術思想、そのどちらにも安住することができないマン自身の苦悩、そして二つの世界の間の掛け橋となるような文学はありえないのか、どうすればそれは可能になるのかという問いがある。ここにはまた作者がニーチェの思想から受けた刺激が強く働いている。作者の分身である主人公トニオの少年時代の体験を描く導入部の叙情的な文体から、小説のなかほどまで進んで、成人して作家となった主人公が、1人の女流画家を相手に語る芸術論の硬質の文体へ、やがて二つの文体を統合した物語へと変化する文章の流れが美しい。
[片山良展]
『実吉捷郎訳『トニオ・クレエゲル』(岩波文庫)』