改訂新版 世界大百科事典 「トチノキ」の意味・わかりやすい解説
トチノキ (栃/橡)
Aesculus turbinata Bl.
7枚の小葉からなる大型の掌状複葉と白い大きな円錐花序をつけるトチノキ科の落葉高木で,庭園樹,街路樹として植えられる。ときに高さ35m,直径4mにも達し,幹の樹皮は黒紫褐色で外層がはがれると波状の紋様が現れる。枝は太く張って広い樹冠をなし,小枝の先の冬芽は樹脂に覆われて粘る。葉は長い葉柄で対生し,小葉は5~7枚,柄がなく倒披針形で,縁に鈍い鋸歯があり,中央のものが最も大きく長さ25~40cmになる。5~6月,当年枝に多数の雄花と両性花からなる円錐花序を頂生する。花には,鐘形で5裂する萼,白色で基部に淡紅色の斑のある4枚の花弁,7本のおしべおよび1個のめしべがある。雄花のめしべは退化している。秋に外面にいぼ状突起がある径4cmほどの球形の蒴果(さくか)を結び,3裂して,1~2個の褐色の丸い種子を出す。種子は多量のデンプンとともにサポニンやタンニンを含む。北海道札幌郊外以南,宮崎・熊本県境北部までの温帯に分布し,本州北・中部に多い。渓谷に沿った湿潤な肥沃地を好む。古くから山村では,種子の中身を刻んで木灰汁で煮て水にさらして渋を抜き,とち餅,とちめん(麵)やとちだんごを作った。とちめんを作るとき,手早くめん棒で伸ばさないと冷えて固くなるところから,泡を食うことをとちめん棒という。花からは良質のはちみつが集められる。材は淡黄褐色で板目が美しく,細工もしやすい。くり物,木地,彫刻・家具・建築材として用いられる。さらに緑陰樹として,あるいは秋の黄葉を楽しむために街路や公園に植えられ,例えば皇居桜田門外にはりっぱな並木がある。栃木県では県木に指定されている。
トチノキ属Aesculusは約25種からなるトチノキ科のうちの大部分を占め,北半球の温帯に広く分布する。マロニエA.hippocastanum L.(英名horse chestnut)は南ヨーロッパ原産の高木で,広く街路樹として植えられる。中国産シナトチノキA.chinensis Bunge(漢名七葉樹)は小葉に柄がある。
執筆者:濱谷 稔夫
民俗
トチの実は山村での重要な食料とされ,よく乾燥すれば保存がきくため備荒食物にもなった。このため,独特の加工法や慣習が多くみられた。貝原益軒の《岐蘇路之記(きそじのき)》(1709)に,木曾では〈土民とりて粉にし,餅にして,飯にあてて食す〉とあるように,トチは糯(もちごめ)とともについてとち餅にしたり,デンプンを取って粥に入れたり,とち味噌にもした。しかし,トチを食用とするにはあく抜きが必要で,天日で干した実を長期間水にさらした後に灰汁で煮るのが一般的だが,その方法は人や土地によって異なる。トチは収量も一定し,凶作や飢饉に備える食物であったから,かつて飛驒の白川村ではトチを留木(とめぎ)としてみだりに傷つけたり伐ったりするのを禁じ,焼畑で類焼させても村民の厳しい取調べを受けたという。また,雑木林を木炭用に売ってもトチは伐らぬという不文律があり,美濃の春日村には栃林権といって,山林が売られてもトチの周囲4尺はもとの所有者の永代所有権とする制度もあった。秋のトチの実の採集には,〈山の口明け〉を設けて,村ごとに人数,期間,採集量,分配法などに種々の制約があり,官有林でもトチの実の採集を認めていたという。トチの保有数は縁談にも影響したといい,飛驒の河合村(現,飛驒市)などではスエキドチといって嫁出する娘に里のトチの幾本かを持参金代りに分け与え,秋に婚家からトチの実を取りにくる風習もみられた。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報