改訂新版 世界大百科事典 「タンポポ」の意味・わかりやすい解説
タンポポ
Taraxacum platycarpum Dahlst.
人里の路傍,土手,芝地などに生育するキク科の多年草。東北地方南部から北九州に分布する。近年都市化につれて減少し,逆に増加した帰化種のセイヨウタンポポとともに,環境指標植物として注目されている。二倍体(2n=16)。その生活形は一生,ロゼット形をとる。葉はすべて根生し,多型的でさまざまな形に羽状に切れ込む。切ると乳液が出る。4~5月ころ,黄色の大きな頭花が花茎に単生し,朝開き夕方閉じる。小花は両性の舌状花のみ。総苞片に2種類あり,内総苞片は線形で互いに合わさって筒状となる。花茎は中空で葉をつけず,開花が終了すると匍匐(ほふく)し,果実を散布する直前に再び直立する。自家不和合性が強く,他の株によって受粉しないと,種子ができない。瘦果(そうか)にはパラシュート形の長い冠毛柄と冠毛がつき,風散布される。夏季は地上部を枯らして休眠し,秋に葉を展開し越冬する。太く長い根が主要な貯蔵器官であり,栄養繁殖の手段をとくにもたないが,根は切断されると不定芽を再生する。種子は20℃以上の高温により発芽が抑制されるので,主として10月ころに発芽する。
タンポポには頭花の形に著しい地理的変異がある。近畿~北九州の個体群をカンサイタンポポといい,平均小花数が約80の小さな頭花に,小さな外総苞片をつける。その先端の角状突起もごく小さい。静岡県東部の個体群をトウカイタンポポといい,頭花は比較的大きく(平均小花数120),外総苞片はひじょうに長く伸び,ときには内総苞片の先にほとんど届く。角状突起はきわめて大きく,長さ6mmに達する。甲信越地方の個体群をシナノタンポポといい,頭花はひじょうに大きく(平均小花数160),外総苞片は広卵形で,角状突起はないものが多い。これら三つの変種に挟まれた地域には中間形がみられ,関東地方のカントウタンポポもその一つである。
タンポポ属Taraxacum(英名dandelion)は北半球を中心に,温帯から寒帯に広く分布し,約2000種に細分されるが,検討を要する。二~八倍体が報告され,倍数体は無融合生殖により無性的に種子をつける。二倍体は有性生殖を行い,地中海沿岸,アルプス地方,中央アジア,日本などに遺存的に分布する。日本には帰化種を除き,約10種が自生する。エゾタンポポT.venustum Koidz.は北海道~東北地方の低地および関東以西の山地に生育し,おもに三倍体である。頭花は濃黄色で大きく,径5cmになる。ミヤマタンポポT.alpicola Kitam.はおもに三倍体で,中部地方の高山帯に産し,総苞は黒緑色で粉白をおび,高山では7~8月に開花する。シロバナタンポポT.albidum Dahlst.は白色の頭花をつける点で,本属の中では特異な種である。五倍体で,九州・四国・中国地方に分布の中心があり,関東地方までみられる。セイヨウタンポポT.officinale Weber(英名common dandelion)とアカミタンポポT.laevigatum DC.はヨーロッパ原産の帰化植物で,牧草地や都市周辺の空地や路傍に増殖している。おもに三倍体。両種とも外総苞片が反り返る点により,在来種と区別できる。アカミタンポポの瘦果は赤色~赤褐色を呈する。帰化種は夏季にも地上部を展開し,秋まで開花しつづける。また,高温による発芽抑制がなく,発芽期も一定していないなどの性質を示し,在来種より雑草性が強い。なお,在来種や帰化種の生育場所の特徴を利用して自然破壊状態を測るタンポポ調査が大阪と東京で行われている。
タンポポは若葉をゆでて食用とし,フランスではセイヨウタンポポのサラダ用品種が栽培される。乳液からはゴムがとれ,とくにゴムタンポポ(コクサギス)T.koksaghz Rodinは,第2次大戦中にソ連のクリミア地方,グルジア地方やカナダで大規模に栽培された。日本ではタンポポの園芸品種が栽培されたことがあり,江戸時代末期には《蒲公英銘鑑(たんぽぽめいかん)》が出版されている。タンポポの語源には諸説があるが,頭花を鼓にみなし,その音を擬した幼児語とする柳田国男説が有力である。属の学名は,アラビア語のtharakhchakon(苦い菜)に由来するといわれる。英名dandelion,独名Löwenzahnは,もともとセイヨウタンポポを指す名であったが,のちにタンポポ属全体を指すようになった。
執筆者:森田 竜義
薬用
漢方では全草を蒲公英(ほこうえい)という。ステロールなどを含み,抗菌消炎作用がある。単独でまたは他の生薬と配合して,感冒,急性気管支炎,乳腺炎,尿道感染症などに内用されるほか,おでき,毒蛇や毒虫の咬傷(こうしよう)に内外両用され,解毒効果がある。
執筆者:新田 あや
名の由来,民俗
タンポポの根は辛みがあるためにイエス・キリストの受難の象徴とされ,また一般的にも辛苦の意味をもつ。英名ダンデライオンdandelionはフランス語のダンドリオンdent de lion(〈ライオンの歯〉の意)が転訛したもので,葉の欠刻がライオンの歯に似るためだという。しかしフランスでは利尿剤に使うところからピサンリpissenlit(〈寝小便〉の意)とも呼ばれる。この花による恋占いは古くから行われており,冠毛を一吹きしてきれいになくなれば恋が成就するという。したがって,花言葉も〈いなかの神託〉。
執筆者:荒俣 宏 タンポポは《和名抄》では布知奈(ふじな),太奈(たな)とよばれている。方言ではニガナ,チチグサ,ガンボウジ,クマボ,マンゴなどともいい,子どもの命名によるものが多い。タンポポも元は鼓を意味する小児語で,茎の両端を細く裂いて水につけると外側に反って鼓の形になることからの命名という。マンガレとかマンゴはこの茎を曲げる遊びに由来し,茎を笛にしたことからピーピーバナ,白い綿毛の種子を飛ばした後の形からガンボウジとよばれたのである。春にはタンポポの若葉をお浸しやあえ物にしたが,ほろ苦い味がするためニガナとかクジナともいわれた。タンポポは太陽に向かって開き,日没とともに閉じるところから,これを踏みにじったり,昼間,花がしぼむと雨になり,秋に花が咲くと大雪の前兆とされている。また綿毛が耳に入ると耳が聞こえなくなり,白い汁を手につけると母親の乳が出なくなるともいう。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報