PCR法(読み)ピーシーアールホウ(英語表記)polymerase chain reaction method

デジタル大辞泉 「PCR法」の意味・読み・例文・類語

ピーシーアール‐ほう〔‐ハフ〕【PCR法】

polymerase chain reaction》微量のDNAを、その複製に関与する酵素ポリメラーゼを用いて、大量に増やす方法。ポリメラーゼ連鎖反応法合成酵素連鎖反応法

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「PCR法」の意味・わかりやすい解説

PCR法
ぴーしーあーるほう
polymerase chain reaction method

耐熱性ポリメラーゼという酵素を利用し、操作時の反応温度を変化させることにより、極少量のDNA(デオキシリボ核酸)もしくはRNA(リボ核酸)の特定の配列を倍々で増加させる方法。正式名称は「ポリメラーゼ連鎖反応法」。

 この方法は、1983年、アメリカのバイオテクノロジーベンチャー企業、シータス社の生化学者キャリー・B・マリスによって開発され、同僚たちの協力のもとに特許化された。その後、スイスのロシュ社(エフ・ホフマン・ラ・ロッシュ社)がシータス社からこの技術と特許を買い取り、ウイルス診断技術として拡大・実用化した。さらに世界各地で多くの企業が方法・技術の簡便化や装置・試薬類などの開発を積極的に進め、バイオ分野の発展に大きく貢献してきた。現在、世界中の大学や研究機関等の分子生物学や遺伝学分野のさまざまな基礎研究等に活用されており、また、医学、薬学、診断、再生医療、骨中の微量のDNAから古代人の特徴を調査するという考古学、DNA鑑定などの犯罪捜査、イネゲノム解析などの各種生物のゲノム解析等の幅広い分野で実用化技術として活用されている。とくに臨床診断分野では試薬類等がキット化され、汎用的に利用されている。

 DNAは二重螺旋(らせん)構造をとっており、そこではアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が相補的に結合(決まったペアを形成)して、その構造を維持しようとする性質がある。PCR法はその特性に着目し、温度変化とポリメラーゼという酵素を活用してDNAを増幅させる方法であり、大きく次のプロセスからなる。

(1)DNAの二重螺旋を高温で加熱して一本鎖に変性させる(熱変性)。

(2)温度を下げて、一本鎖になったDNAそれぞれの先端部分のATGC配列に、その配列と相補的な塩基配列をもつ一対のプライマー(DNAの断片)を特異的に結合させる(アニーリング)。

(3)(2)で結合させたDNAに、耐熱性のポリメラーゼと伸長の材料となる4種類の塩基(A、T、G、C)を加えて、DNAポリメラーゼが作用しやすい温度帯で二本鎖DNAへと伸ばす(伸長)。

 この(1)、(2)、(3)のプロセスを装置内で繰り返すことで倍々にDNAを増加させ、極微量DNAやRNAを、解析や検出可能な量まで増やす。

 いいかえると、PCR法には、試料以外に、温度帯を自在に調節・変化させる装置・サーマルサイクラーや、耐熱性ポリメラーゼ、アニーリング時の先導役としての一対のプライマーと、二本鎖として伸長していくための材料となるA、T、G、C、その他の関連する試薬類(検出用プローブ等)が必要である。

 また、PCR法には、試料の前処理操作(たとえば、増幅する対象となる(鋳型)DNAやRNAを抽出)や、PCR後の解析・検出(増幅されたDNAやRNAの検出に係る操作、プローブ類、蛍光検出装置等)が必須(ひっす)であり、この一連の操作全体が「PCR検出法」である。

 PCR法が多様な分野で活用されるにつれて、材料となるDNAやRNAを抽出する検体もますます多様化する傾向がみられる。たとえば、2020年(令和2)1月ごろから新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の診断で用いられている「PCR検査」では、鼻汁や唾液(だえき)(喀痰(かくたん))を検体試料として使用する。また、ウイルスは細胞構造をもたずに他の生物の細胞に寄生している生物であり、多くのウイルスは一本鎖のRNA中のゲノム情報に依存している。そこで、上記(1)、(2)、(3)の一連のPCR工程の前に、一本鎖のRNAを二本鎖DNAへ変えるプロセスが必要であり、具体的には、RNAからDNAへの逆転写を可能にする逆転写酵素によって相補的DNA(cDNA)を合成して二本鎖にする。

 PCR法利用の動向として注目すべきは、次の3点である。

〔A〕PCR法は、適切な環境(装置、試薬、資金等)が整っており、しかも技術をもった人材があればどこでも利用可能であることから、「研究用」として世界中で広く利用されている。そして、温度変化等の操作工程を減らし、操作を簡便にして、時間短縮や検出精度を向上させるための研究開発も非常に活発であり、今後もさらに拡大すると予測される。たとえば杏林製薬は、2020年、コロナウイルスのようなRNAウイルス用のPCR検出ユニットとこの装置用の専用試薬を発売した。少人数の検体のコロナウイルスの定量的な検出が1時間程度で行える。

〔B〕すでに述べたが、PCR法では増幅操作だけでなく、PCRに係る試料の前処理や、増幅した試料の解析・検出までのどれもが必須である。最終的に求められるゴールも多様であり、目的によって、各プロセスの専用装置を用いるほうが適しているケースが多々ある。一方、前処理操作から検出(蛍光検出)までを一つの装置に組み込んだ完全自動化装置が望ましいケースもあり、海外ならびに国内の企業が取り扱っている。こうした場合には、必要な試薬類をあらかじめ装置にセットすれば、装置に組み込まれたプログラムに従って、必要な試薬等が適切な工程で加えられたり、温度帯が変わったりして、検出・解析までに工程が自動的に進む。たとえば、民間の大手臨床検査センターなどではこうした装置が活躍している。そのなかで、核酸抽出からPCR・検出までを完全自動化した装置を日本のベンチャー企業が開発し、フランスで高評価を得ている例もある。

〔C〕新型コロナウイルス感染症のような臨床診断目的でPCR法を用いるニーズが拡大している。その場合、使用する装置や試薬・キット類は、それぞれの国の薬事法や実験プロトコルにのっとって申請され、臨床診断装置として使用可能であるという承認を受ける必要がある。日本の場合、厚生労働省所管の医薬品医療機器総合機構(PMDA)に、医療機器ならびに検出用のキットとして承認されたものを使用することとされている。さらに日本では、健康保険の適用を受けられるのは、厚生労働省が認めたものに限られる。厚生労働省も昨今の新型コロナウイルス感染症対処の緊急性にかんがみて、積極的に申請等の評価を行っており、既存の装置で新型コロナウイルス感染症を測定するための専用キット等を順次審査・承認している。

 なお、最初の発見者のマリスは、1993年、PCR法発見の功績により、ノーベル化学賞を受賞していることからも、バイオ分野におけるPCR法の有用性が示されている。

[飯野和美 2020年9月17日]

『佐々木博己編著、青柳一彦・河府和義著『目的別で選べるPCR実験プロトコール――失敗しないための実験操作と条件設定のコツ』(2011・羊土社)』『西沢正文・中村純・ホリグチイツ著『目からうろこの生物学――分子生物学が変えた生命の理解 改訂版』Kindle版(2019・栄諧情報システム)』『木村浩一郎著『PCR検査を巡る攻防――見えざるウイルスの、見えざる戦い』(2020・リーダーズノート出版)』『梅津和夫著『DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで』(講談社・ブルーバックス)』

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知恵蔵 「PCR法」の解説

PCR法

ポリメラーゼ連鎖反応、合成酵素連鎖反応ともいう。特定のDNA断片を大量に得る方法。試料中にDNA断片が1分子あれば、原理的には20回の反応の繰り返しで100万個以上(2の20乗)のコピーが得られる。PCR法は遺伝子の基礎研究の最も重要な手法の1つであると共に、少数の細胞から得た微量のDNA断片を増幅できることから、個人識別や親子鑑定、遺伝病の診断、犯罪捜査などでも利用される。また、遺伝子組み換え原料を使用した食品かどうかの判別試験や、作物品種の鑑定などでも用いられる。PCR法を開発した米国のK.B.マリスは、1993年度のノーベル化学賞をM.スミスと共に受賞した。

(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2007年)

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