ME(医用工学)(読み)えむいー

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ME(医用工学)」の意味・わかりやすい解説

ME(医用工学)
えむいー

MEとは医用工学medical engineeringの略語であるが、以下に述べるように、その包含する領域はきわめて広い。

渥美和彦

MEの領域と目的

1958年に医用(生体)工学の国際会議がパリで開かれたとき、MEとはmedical electronics(医用電子工学)を意味していたが、その後、医用工学の分野が拡大され、biological and medical engineering(医用生体工学)、すなわち、BMEとなった。このため、MEのMは、医学のみならず生物学までを含み、Eは、エレクトロニクスのほかに、メカニクス(機器)や材料、システム(体系)などの工学技術や方法論までが含まれるようになった。1969年、日本ME学会(JSMBE)はその分野を、(1)生体の計測技術、(2)生体の計測システム、(3)生体材料技術、(4)生体への作用、(5)生体情報処理と病院・健康管理システム、(6)生体と機械系、(7)生体工学バイオニクス、(8)その他、に分類しているが、その後の高分子化学、マイクロマシンロボット組織工学、再生医学、バイオテクノロジーなどの進歩や発展に伴い、その分野はさらに拡大されている。

 MEの目的としては、医学に工学の技術を応用することによって、医学の研究および診療の分野に貢献することである。つまり、超音波やレーザー、あるいはコンピュータなどを利用して診断や診療の装置を開発することである。さらに、医学、生物学の知見や方法論を工学分野に応用して、工学領域に発展をもたらすことも期待されている。これには、脳のパターン認識のコンピュータへの応用、手足の運動機序のロボットへの応用などがある。

[渥美和彦]

MEと医療

年々、国民の医療への需要が高まり、高度の医療が期待されている。この医療の量的および質的要求に対処する方法の一つとして、医療に新しい機器や技術を応用することが考えられる。このように医療の効率をあげ、医学の進歩に寄与し、医療の質の向上を目的とする医用機器や技術が、ME機器およびME技術である。

 従来の医療といえば、試薬による検査、薬剤の処方、注射など、いわゆる化学的な方法あるいは、手術やマッサージなどの用手的な方法による治療が中心であった。しかし、近年は物理や電気、あるいは工学の知見や技術を応用して、ME機器やME技術が、広く大小の病院や医療・医学の研究機関において利用されており、ME機器、ME技術なくしては、現代の診断や治療、あるいは医学の研究は不可能であるといっても過言ではない。将来の医療は治療から予防、保健の方向に変換しつつあり、この分野のMEの応用が期待される。

[渥美和彦]

ME機器

現在、病院や研究所において利用されているME機器の種類はきわめて多いが、次のように分類される。(1)生体現象測定記録装置および補助装置、(2)医用監視装置、(3)検体検査装置、(4)医用超音波応用装置、(5)核医学測定装置、(6)医用テレビジョンおよび応用装置、(7)医用データ処理装置、(8)生体治療装置、(9)人体機能補助装置、(10)病院オートメーション電子機器、(11)その他の医用電子装置。

[渥美和彦]

ME計測・診断

病気を診断するには、体内からの情報をとり、試料を検査すること、すなわち生体計測が基本となる。MEの場合、生体において計測の対象とする物理量および化学量は、電位(心臓)、磁場の強さ長さ、比重(尿や血液などの比重)、重さ、時間(反応時間)、速度(血流速度)、加速度、振動(心音)、超音波、弾性率(動脈弾性率)、硬さ、流量(血液流量)、圧力(血圧、脈内圧)、力、仕事(心臓仕事量)、温度(体温)、粘度(血液粘度)、ガス(肺胞内のガス組成)や液体(コレステロールなど)の組成、などである。

 生体には、生体の活動によって電気を発生する生体電気現象があるが、これは、脳波、心電図、筋電図などとなって測定される。これらの発生する電気量は、50ミクロンボルトから10ミリボルトというきわめて微量なものであり、測定値を記録するためには、特別の電極や増幅装置および記録装置などが必要となる。電位が発生すれば磁場が発生する。すなわち、心電図のかわりに心磁図、筋電図のかわりに筋磁図、脳波のかわりに脳磁図が計測されることになる。また、圧力、流量、温度などの計測量を電気量に換算すると、これらの記録、表示が電気的に可能となり、データ処理にも便利である。このように、物理的および化学的諸量を電気量に変換するものを変換器あるいはトランスデューサとよぶ。

 ME計測の研究方向としては、遠隔測定、超小型化、連続測定、害を与えない無侵襲計測、目で直接に見る直視化、映像化、光ファイバーによる伝送、自動化、データ伝送、システム化、画像処理などがあげられる。新しい画像診断として、核磁気共鳴を利用したMRI装置、放射性物質を利用したポジトロンなどがある。

[渥美和彦]

ME治療

治療に利用されている電磁波は、低周波からX線、さらに波長の短い放射線まである。これらのなかで、いわゆる温熱の刺激的効果を利用するものとしては、低周波、短波、超短波、超音波、赤外線などがある。こうした電波、音波、あるいは光線の治療効果は、温熱効果による消炎、鎮痛、局所充血、新陳代謝促進などによる、いわゆる刺激療法である。なお、低周波の特殊的応用としては、心室除細動装置およびペースメーカーの二つがある。高エネルギーを利用し、生体組織を破壊して治療するものとしては、X線あるいはアイソトープの利用、速中性子線、陽子線、α(アルファ)線などがあるが、これらはとくに癌(がん)治療に利用される。レーザー光線はレーザーメスとして、生体組織の蒸散や切開、あるいは出血の際の止血や生体内結石の破壊などに利用されている。また、臓器の機能を機械で代行する、人工血管や人工骨、あるいは人工腎臓、人工肝臓、人工心臓などの人工臓器がある。これらには、高分子を中心とする医用生体材料や、細胞工学や遺伝子操作をほどこした生体細胞などが利用される。さらに再生医学の発展により、心臓や血管などへの幹細胞の移入手術や心筋シート(患者本人の筋肉細胞を培養して作製したもの。心筋再生治療に用いる)を開発して心筋梗塞の治療への利用が試みられている。内視鏡を利用して、胃や腸内の非侵襲手術が可能であるが、さらに腹部や胸部の皮膚を大きく切開しないで、小孔を介して、胆嚢(たんのう)摘出や心臓内手術が行えるようになっている。さらに、バーチャルリアリティを利用したロボット手術が人工関節や心臓バイパス手術などに利用される。また、画像処理などを利用した遠隔診断や遠隔手術などは、テレメディシンといわれる新しいMEの応用の分野である。最近のMEへの応用は、ナノテクノロジーの利用であり、内視鏡の先端に取り付けた超小型胃カメラ、体内埋め込み型の温度やpH(ペーハー)を計測するセンサーなどがある。また、宇宙ステーションで使用される宇宙用治療機器の研究開発も進められている。こうしたME機器の安全対策が重要であることはいうまでもなく、各分野において、安全基準が設定されている。

[渥美和彦]

医療情報の処理とシステム化

病院における生体情報や検査データの処理をはじめ、患者の監視、診断や治療、各種のスケジューリング(診療計画)、病歴の管理、医療統計、医学研究、あるいは医療のシステム化などに、ME機器の情報処理の技術が広く利用されている。さらに、地域における救急医療や僻地(へきち)医療、あるいは健康管理システムなどにも、この情報処理技術が利用される。こうした医療における情報処理のシステム化を、医療情報システムとよんでいる。将来は、ユビキタス技術が社会に応用され、人と人とのコミュニケーションから、人と物との直接的コミュニケーションの時代に進化するものと考えられる。これらのMEの応用により、先端技術に対する社会的アクセプタンス(受容性)や生命倫理の問題が検討されることになろう。

[渥美和彦]

『日本エム・イー学会編『ME用語辞典』(1999・コロナ社)』『日本エム・イー学会編「ME教科書シリーズ」(1999~2003・コロナ社)』『神谷暸・井街宏・上野照剛著『医用生体工学』(2000・培風館)』『村上輝夫編著『生体工学概論』(2006・コロナ社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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