ICTと大学のクロスボーダー化(読み)アイシーティーとだいがくのクロスボーダーか(英語表記)ICT and cross-border activities of universities

大学事典 の解説

ICTと大学のクロスボーダー化
アイシーティーとだいがくのクロスボーダーか
ICT and cross-border activities of universities

ICTの活用]

コミュニケーション(通信)技術は,広くは情報技術(IT)の一部であるが,情報技術をコンピュータ演算制御・記憶・入出力装置の部分に限定し,通信部分をあえて強調した用語として,情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)がある。人間活動が国境を越えて行われることは,人類の歴史において通常のこととしてなされてきたことであり,西欧人による大航海時代以来,「新大陸」を組み込んで,文字通り地球規模にまで展開されるようになった。それに伴って,大学の活動も,国境を越えて行われてきた。そして,二つの大戦を経て世界の国境を越えた活動は東西両陣営で2分され,冷戦終結とともに市場経済があらゆる社会体制のもとで行われるようになると,政治的な国境は低くなり,社会の諸活動に地球規模でのクロスボーダー化現象が起こっている。大学の活動も,その例にもれず,国境を越えて行われる度合いが増えて来ている。そして,それと並行して進化し,より国境を低くする効果をもっているのがICTである。

 旧来,大学の活動をクロスボーダー化するには,外国に姉妹校をもったり分校や提携プログラムをつくったりという形でなされてきた。遠隔学習は,印刷教材あるいは放送教材と郵便システムを媒介としていた段階では,郵便システムが国内外で同時性を欠くためもあって,クロスボーダー化を大きく促進するものではなかった。しかし,ICTを用いたプログラムの提供は,基本的に国境の影響を受けないため,IT媒介遠隔学習(IT-Mediated Distance Learning: ITMDL)を展開する大学にとって,対象となる学生を国内に限る理由はないという事態が現出している。そのことから,多くのITMDLプログラムが,クロスボーダーな展開をしている。また,その特性を生かして,国内よりは国際的な展開を主流とする大学もある。2000年代には世界貿易機関(WTO)の推進した新多角的貿易交渉(新ラウンド)の下で,高等教育の自由化が推奨され,複数国の大学が共同でクロスボーダーな教育を提供するプログラムや,営利のクロスボーダー大学が出現し,それらの大学がICTを活用している。

[課題と可能性]

ただ,ICTにはおのずからの限界がある。情報技術を媒介とした教育の場合,それがいかに効果的に実施されたとしても,対面授業と直接接触による伝統的クラスルームの機能,そして伝統的学校のすべての機能を代替できない。そもそも,情報技術が得意とするのは,人間の五つの感覚のうち視覚と聴覚,そしてせいぜい触覚までであり,嗅覚,味覚には弱いため,提供できる学問分野や教育内容に限りがある。その上,対面の伝統的クラスルームでは,暗黙知の形成を含む知識形成や技能開発があり,伝統的学校には社会化,友人・配偶者探し,文化の享受といった直接の対面自体を目的とする機能がある。さらに,社会的に大学教育を成立させる上で,なんらかの形での対面性をもった集団の形成は不可欠である。したがって,その展開は,その提供する教育がいかなる目的のもとに実施されるかによって,有効な範囲が限定されてくる。

 2000年代に出現した,複数国の大学が共同でクロスボーダーな教育を提供するプログラムや,営利のクロスボーダー大学のいずれもが,大きな発展を遂げているとはいいがたい。ICTを主たる手段にしての,クロスボーダーでの高い質の教育を提供することは,極めて難しいのが現実である。

 一方,ICTの活用のもう一つの形態であるIT装備対面クラス(IT-Equipped Face-to-face Classroom: ITEFC)は伝統的な大学の内部に浸透しており,個別の大学間でクロスボーダーにITEFC同士が結びあって授業を展開するというようなことも,珍しいものではなくなっている。さらには遠隔学習を提供していない大学にとっても,情報化は大学の存在をクロスボーダーに提示するものになっている。大学ランキングの世界版の普及が示すように,世界の主要大学の活動は国際化しており,学生や教員の獲得も資源の呼び込みも,国境を越えて行われており,その存在はインターネットのウェブサイトで示される。とくに大学のすべての授業資源を無償で公開する大規模公開オンライン講座(MOOC)の提供は,大学の実力を積極的に誇示するものである。
著者: 舘 昭

参考文献: 舘昭「マルチメディアの活用による高等教育に関する一考察」『IDE―現代の高等教育』1998年1-2月号.

参考文献: 舘昭「ヴァーチャル・ユニヴァーシティの衝撃Ⅰ~Ⅲ」『カレッジマネジメント』93~95,1998~99年.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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