Guillain–Barré症候群(GBS)

内科学 第10版 の解説

Guillain–Barré症候群(GBS)(免疫性ポリニューロパチー)

(1)Guillain-Barré症候群(GBS)
定義・概念・分類
 急性に発症する自己免疫機序による末梢神経障害であり,運動麻痺が主たる症状である.約6~7割の症例で,神経症状発症の1~2週間前に呼吸器系や消化器系の感染が先行する.症状は急速に増悪するが,4週以内にピークとなりその後改善するという単相性の経過をとる.
 従来,末梢神経ミエリン標的とする脱髄疾患と考えられてきたが,近年では軸索プライマリーに障害する軸索型も存在することがわかってきた.脱髄型の方が多く,欧米では大部分を占めるが,わが国では軸索型の頻度が欧米に比べると多い.さらに急性の眼球運動麻痺と運動失調を呈するFisher症候群など,いくつかの亜型の存在も知られている.
原因・病因
 GBSの病因については,自己抗体を中心とする液性免疫と細胞性免疫の両面から多くの検討が行われてきた.そのなかで,神経系の細胞膜表面に存在するガングリオシドなどの糖脂質糖鎖を認識する抗体が60%程度の症例で急性期血清中に認められることが明らかとなり,本疾患に特徴的な因子として注目されている.抗体価は発症直後の検体で最も高く,経過とともに低下・消失していく.抗糖脂質抗体には,軸索型にみられるGM1,GD1a,GalNAc-GD1aなどに対する抗体,亜型であるFisher症候群にみられるGQ1b抗体,運動失調に関連してみられるGD1b抗体など,特定の臨床病型との関連の強いものがある.
 抗糖脂質抗体の産生機序には,先行感染が関連する.感染の病原体は同定できないことが多いが,同定されるものとしては消化器感染を引き起こすCampylobacter jejuniが多く,続いてサイトメガロウイルス, Mycoplasma pneumoniaeなどが知られる.GBSの先行感染因子となったC. jejuniの菌体表面にはガングリオシドに類似した糖鎖構造の存在が示されている.またミエリンの抗原であるガラクトセレブロシドに対する抗体はマイコプラズマ肺炎後のGBSにみられるが,M.pneumoniae菌体にガラクトセレブロシド様糖鎖の存在が明らかになっている.したがって,先行感染因子のもつ糖鎖に対して産生された抗体が,神経細胞の糖脂質の糖鎖に反応するというのがGBSでの抗糖脂質抗体産生の主要な機序の1つと考えられる.
 一方,細胞性免疫もGBSの病態に重要な役割を果たすと考えられるが,疾患特異性と高い陽性率をもった特定の抗原に対する細胞性免疫反応として確立されたものはまだない.
疫学
 GBSの10万人あたりの年間発症率は1~2人と報告されている.どの年齢層にもみられ,男性が女性よりもやや多い.亜型のFisher症候群は,欧米の文献ではGBSの約5%を占めるとされるが,わが国での発症率はそれより高いと考えられる.
病理
 脱髄型では末梢神経へのリンパ球やマクロファージ浸潤と,節性脱髄がみられ,重症例では二次的な軸索変性もみられる.軸索型では脱髄がみられず,軸索周囲腔でのマクロファージの存在が示されている.
病態生理
 近年,GBSの病態における抗糖脂質抗体の役割が解明されてきた.軸索障害型では,GM1,GD1a,GalNAc-GD1aなどのガングリオシドに対する抗体が上昇することが多いが,末梢神経の軸索膜に存在するこれらのガングリオシドへの抗体の結合と,続いて起こる補体経路(おもに古典的経路)の活性化が神経障害をきたすとされている.脱髄型でも,ミエリンに局在するガラクトセレブロシドやLM1などに対する抗体が報告されており,抗体のミエリンへの結合が同様に脱髄を引き起こす可能性が示唆される.一方,細胞性免疫の関与も考えられるが,解析は十分なされていない.
 Fisher症候群では,GQ1bガングリオシドに対するIgG抗体が,90%以上の陽性率で認められる.抗GQ1bモノクローナル抗体によるヒト組織の免疫染色により,眼球運動を支配する脳神経である,動眼神経・滑車神経・外転神経の髄外部分(末梢部分)のRanvier絞輪周囲のミエリンにGQ1bの高濃度の局在が示された.傍絞輪部は神経伝導にきわめて重要な部分であることから,抗GQ1b抗体の同部位への結合が外眼筋麻痺を引き起こすと考えられる.一方,マウスの横隔膜を用いた実験では,抗GQ1b抗体による末梢神経終末からの伝達物質の放出阻害が示され,眼球運動麻痺との関連が報告されている.また抗GQ1bモノクローナル抗体による,後根神経節大型細胞や筋紡錘内神経終末の免疫染色も報告されており,これらの部位への抗体の結合による感覚入力の障害によって運動失調が引き起こされる可能性が考えられる.
臨床症状・診察所見
 GBSは急性に増悪する四肢の筋力低下を主症状とする.顔面神経麻痺,眼球運動麻痺,嚥下・構音障害などの脳神経障害を伴うこともある.感覚も障害され,特に異常感覚(しびれ感)はしばしばみられる.また急性期には脈拍や血圧の異常などの自律神経症状がみられることがあり,十分な注意が必要である.さらに症状のピーク時には,呼吸筋麻痺をきたすことがあり,人工呼吸器を必要とする例がある.腱反射は低下ないし消失する.亜型であるFisher症候群は,急性の眼球運動麻痺・運動失調・腱反射消失を3徴とする.
検査成績
 電気生理学的な末梢神経伝導検査で,複合筋活動電位の低下,伝導ブロック,運動神経伝導速度の低下,遠位潜時の延長,F波の出現頻度の低下などがみられる.脳脊髄液検査では,蛋白質が上昇するが細胞数は正常という「蛋白細胞乖離」がみられるが,多くは発症後1週間程度経過してからみられ発症早期にはみられないことがあるので注意が必要である.前述の抗糖脂質抗体は,約60%の症例で急性期血清にみられ,発症早期が最も抗体価が高く,経過とともに低下・消失する.Fisher症候群では,前述のように90%以上の症例で抗GQ1b抗体が陽性となる.
診断
 特徴的な臨床症状と臨床経過,電気生理学的検査,抗糖脂質抗体,脳脊髄液検査などの結果に基づいて診断する.Asbury and Cornblathの診断基準が一般に用いられている.
鑑別診断
 急性に四肢の運動麻痺をきたす疾患を鑑別する.ビタミン欠乏性ニューロパチー,中毒性ニューロパチー,ポルフィリン症,周期性四肢麻痺,頸椎症,脳や脊髄の血管障害,脳脊髄炎,重症筋無力症,筋炎などが鑑別の対象となる.また,慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーの急性増悪も鑑別疾患として考慮する必要がある.
経過・予後
 GBSは単相性の経過で軽快することが多い.しかし後遺症が残る場合もあり,欧米の報告では,約15%は自力歩行ができず,死亡例も約5%あるとされている.一方,平成12年度のわが国の厚生労働省免疫性神経疾患調査研究班の調査では,症状が固定した時点での独歩不能は約10%,死亡例は1%未満であった.この欧米とわが国の違いについては,今後さらに検討が必要である.Fisher症候群は大部分が良好な経過をとる.
治療・リハビリテーション
 GBSの急性期には病態である自己免疫のコントロールのために,軽症例を除き血液浄化療法や免疫グロブリン大量療法(IVIg)を行う.どちらも大規模研究により有効性が証明されており,両者は同じ程度に有効とされている.なおステロイドは経口投与・パルス療法とも,単独では有効性は認められていない.Fisher症候群については大規模なスタディはまだ行われていない.経過観察のみで改善する場合も多いが,血液浄化療法やIVIgを行うこともある.
 症状のピーク時には呼吸筋麻痺や高度の自律神経障害をきたすなど全身状態が重篤となる場合もあることから,急性期の全身管理がきわめて重要である.また長期臥床による褥瘡や関節拘縮の予防,および回復期の運動機能の改善にはリハビリテーションが必要となる.[楠 進]
■文献
Asbury AK, Cornblath DR: Assessment of current diagnostic criteria for Guillain-Barré syndrome. Ann Neurol, 27(suppl): S21-S24, 1990.
Joint Task Force of the EFNS and the PNS: European Federation of Neurological Societies/Peripheral Nerve Society Guideline on management of chronic inflammatory demyelinating polyradiculoneuropathy: Report of a joint task force of the European Federation of neurological Societies and the Peripheral Nerve Society-First Revision. J Peripher Nerv Syst, 15: 1-9, 2010.
Kaida K, Kusunoki S: Antibodies to gangliosides and ganglioside complexes in Guillain-Barré syndrome and Fisher syndrome: Mini-review. J Neuroimmunol, 223: 5-12, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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