日本大百科全書(ニッポニカ) 「鼻」の意味・わかりやすい解説
鼻
はな
ヒトにおいては呼吸器として鼻式(びしき)呼吸の気道の一部となるほか、嗅覚(きゅうかく)をつかさどる感覚器、発声の際の共鳴器ともなる部位をいう。一般に鼻は、顔面の中央部に突出している外鼻(がいび)(いわゆる鼻)とその内部の鼻腔(びくう)とに分けられ、鼻全体は骨、軟骨、鼻筋(びきん)で構成されている。
[嶋井和世]
部位名称と構造
ヒトの外鼻は、前面から見ると3面からなる錐体(すいたい)形をしており、その頂点に相当する部分を鼻根点とよび、その下方にあるくぼんだ部分を鼻根とよぶ。鼻根は、ちょうど両眼窩(がんか)の間に位置している。この鼻根から続く鈍縁な稜線(りょうせん)を鼻背(びはい)(ハナスジ。解剖学表記では片仮名)とよぶ。鼻背の先端でもっとも突出している部分が鼻尖(びせん)(ハナサキ)である。鼻尖の両側に膨れ出して外鼻孔を囲んでいるのが鼻翼で、小鼻(こばな)(コバナ)ともよばれる。鼻背の上3分の1は鼻骨で占められているが、外鼻のそのほかは軟骨でできている。鼻骨は1対あり、鼻根の基盤となる長方形の薄い骨である。鼻骨の下縁からは1対の三角形状の扁平(へんぺい)な外側鼻軟骨が続き、外鼻前壁を形成しているが、外鼻孔までは届かない。外側鼻軟骨の外側には1対の大鼻翼軟骨があり、鼻翼と外鼻孔をつくっている。鼻骨と鼻軟骨の形状によって外鼻の形状が決められるが、これには個人差が著しい。鼻腔を正中線で左右に分ける壁が鼻中隔で、骨部と軟骨部とからなる。すなわち、鼻中隔の後上部は篩骨(しこつ)の篩骨垂直板が占め、後下部は鋤骨(じょこつ)が占めている。これらの骨の前部に鼻中隔軟骨がある。この軟骨の前縁は鼻背まで伸びると、左右の外側鼻軟骨に移行していく。鼻中隔軟骨の前下端は鼻中隔可動部と名づけられ、よく動く。鼻中隔軟骨は、しばしば正中線よりもどちらかに曲がることがある。これが、いわゆる鼻中隔彎曲症(わんきょくしょう)で、彎曲側の総鼻道腔に狭小が生じる。この疾患によって、呼吸上の障害がおこるときは、手術によって矯正する必要がある。なお、鼻翼の後部では、大鼻翼軟骨の後端に続いて不定数の小さい小鼻翼軟骨があるし、鋤骨の前端下縁には小さい鋤鼻軟骨があるなど、鼻中隔や外鼻の形成に関与している軟骨は多い。
[嶋井和世]
鼻腔
鼻腔の形状は周囲の骨格によって形成された形そのままである。鼻腔の後方には、咽頭腔(いんとうくう)に抜ける後鼻孔(鼻腔の出口)がある。鼻腔を左右に分ける鼻中隔は、前方から膜性部、軟骨部、骨部の三つによって構成される。左右の鼻腔は鼻翼に囲まれた内腔、すなわち鼻前庭と、その奥に広がる本来の鼻腔とに分かれる。鼻前庭は鼻翼に続く皮膚によって覆われている。ここには短くて太い鼻毛があり、皮膚には皮脂腺(ひしせん)とアポクリン汗腺(前庭腺)とがある。鼻前庭から固有の鼻腔に入る境の部分の外側部は高まっていて、ここを鼻限とよぶ。鼻前庭の後半部では、鼻毛も汗腺も存在しなくなる。鼻腔の内面は、血管が豊富に分布している厚い粘膜によって覆われている。鼻中隔の前下方に相当する粘膜下では鼻出血(鼻血(はなぢ))をおこしやすい部位があり、臨床的にはキーゼルバッハの部位(ドイツの臨床医キーゼルバッハW. Kiesselbach(1839―1902)にちなむ)とよばれている。
鼻腔の外側壁からは内腔に向かって3個の突出物が庇(ひさし)のように出ており、それぞれ上鼻甲介(こうかい)、中鼻甲介、下鼻甲介という。甲介とは、貝殻状の骨という意味で、三つのなかでは上鼻甲介がもっとも小さい。上鼻甲介の後上方に、萎縮(いしゅく)した最上鼻甲介を認めることもある。おのおのの甲介の下の通路を上鼻道、中鼻道、下鼻道という。これらの道は鼻中隔に向かって共通の鼻道をつくっている。これを総鼻道とよぶ。また、各鼻道は後方で合して鼻咽道を経て後鼻孔から咽頭に抜ける。なお、日本人の鼻腔の長さは男7.5センチメートル、女6.5センチメートル、高さは男4.6センチメートル、女4.3センチメートル、幅は男1.5センチメートル、女1.3センチメートルとされている(大杉清による)。
[嶋井和世]
鼻粘膜
鼻粘膜は呼吸部と嗅部とに区分される。呼吸部は鼻粘膜の下部の大部分を占めるが、この領域は血管分布に富み、淡紅色をしている。とくに中鼻甲介下縁から下鼻甲介の大部分には静脈網が発達しており、鼻甲介海綿叢(そう)とよばれる。この静脈叢には小動脈からの毛細血管が連絡している。静脈叢の血管壁には平滑筋が発達していて、一種の括約(かつやく)筋の働きをしている。つまり、平滑筋は外気の温度変化に対して鋭敏に反応して収縮し、粘膜の充血をきたすと考えられるわけである。粘膜は多列線毛上皮に覆われ、その線毛運動の方向は後鼻孔に向かっている。ヒトの場合、この運動は1分間に250回に達する。粘膜の内部の粘膜下組織には多数の鼻腺が分布しており、漿液(しょうえき)や粘液(いわゆる鼻汁(はなじる)、鼻水(はなみず))を分泌している。鼻水が鼻粘膜から出るという考えは、17世紀になって初めて、ドイツの解剖学者シュナイダーC. V. Schneiderによって提唱された。それ以前は、鼻水は脳で生産され、下垂体(脳下垂体)を通って鼻腔に流れてくると信じられていた。吸気中の塵埃(じんあい)や細菌などはこの粘膜に吸着されたあと、粘液に包まれて咽頭に送られる。この除塵能力は50~80%であるという。
嗅部は鼻腔上部の一部、すなわち、その外側壁と内側壁とに局在している。この部の粘膜(嗅粘膜)は黄褐色を呈し、肉眼的にも認められる。その面積は500平方ミリメートルという。嗅粘膜内には双極性の嗅細胞が配列し、嗅覚をつかさどっている。嗅細胞からは中枢に向かう細胞突起が出て、これが集まって嗅神経となる。このほか、嗅粘膜には支持細胞、基底細胞などが配列している。
[嶋井和世]
副鼻腔
鼻腔を構成している周囲の頭蓋骨(とうがいこつ)には、鼻腔に通じる空所がある。これらを副鼻腔といい、その内部の壁も嗅粘膜と同一の粘膜に覆われている。副鼻腔の形状、大きさ、開口部などは、これをつくっている骨性副鼻腔と同形である。副鼻腔は4個ある(上顎洞(じょうがくどう)、前頭洞、蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)、篩骨洞(しこつどう))。このうち最大のものは上顎骨内にある上顎洞で、これは中鼻道の半月裂孔の後部に開いている。上顎洞は出生前から発育し始めるもので、老年になるほど大きくなる。前頭洞は前頭骨内にあり、半月裂孔の前端に開口している。蝶形骨洞は蝶形骨内にあり、蝶篩陥凹に開く。篩骨洞は篩骨迷路の中にある多数の空洞で、前部は篩骨漏斗(ろうと)を通って中鼻道へ、中間部は中鼻道へ、後部は上鼻道へ開く。副鼻腔はそれぞれ1対あるが、左右の形状、大きさなどはかならずしも対称的ではない。副鼻腔の役割は、共鳴器として発声を助けるものであるため、空洞内に粘液や膿(のう)が貯留して、副鼻腔炎(蓄膿症)にかかると、共鳴の効果が減弱して、いわゆる鼻声となる。副鼻腔は、また、頭蓋の軽減にも役だっている。副鼻腔炎では、上顎洞が好発部位となるが、これは、開口部が上を向いているので膿が排出しにくいことによっている。鼻道には、このほか、下鼻道に鼻涙管が開口している。鼻涙管は眼窩の最内側にある涙嚢(るいのう)から始まる。つまり、鼻道は鼻涙管を通じて涙嚢や結膜と連絡していることとなる。
[嶋井和世]
ヒトの鼻の特性
外鼻が突出しているのはヒトの特徴であるが、ヒトにおいても個人差や人種差がある。また、鼻の形状は、容貌(ようぼう)とも深い関係をもっている。人間の鼻が突出している理由については、次のような説明がなされている。その一つは、ヒトは一般の哺乳(ほにゅう)動物に比較して脳頭蓋の発達が著しいが、そのわりに顔面頭蓋が小さく、むしろ退化的傾向にあるとされているため、その分だけ外鼻の突出が特徴的になるというものである。また、耳鼻咽喉(いんこう)科医である高橋良(りょう)は、ヒトの鼻中隔は上下に発達する傾向をもつが、鼻腔に余裕がないため、鼻中隔彎曲を生じやすいと同時に、抵抗の少ない方向(前方)への鼻中隔軟骨の発達がみられ、その結果として、外鼻の突出がおこると説明している(1970)。
鼻を人種的にみると、東洋人の外鼻は低くて幅が広く、欧米人の外鼻は高くて幅が狭いとされている。また、鼻孔の形も、低い鼻では円形から横に長い楕円(だえん)形となる(日本人では一般に卵形とされる)。高い鼻では鼻孔も前後に長く、幅も狭くなる。外鼻の大きさを決めるための計測には、次のようなさまざまな計測点が用いられる。すなわち、(1)鼻根点 鼻前頭縫合と正中線との交点。内眼角のやや上方にあたる、(2)鼻下点 鼻中隔の下縁と上唇の皮膚表面とが交わる点、(3)鼻尖点 鼻尖の最頂点、(4)鼻翼点 鼻翼の最外側部、などである。医学、人類学でいう鼻の高さとは、鼻根点と鼻下点の間の長さをいう。俗に、鼻の高さというときは、鼻尖点と鼻下点との距離をさす場合が多いから区別をしておく必要がある。また、鼻の幅とは両鼻翼点間の長さであり、鼻の長さとは鼻根点と鼻尖点との間の長さである。鼻背の形状にも個人差や人種差がみられ、直(ちょく)鼻、凸(とつ)鼻、凹(おう)鼻のほか、鷲鼻(わしばな)、鉤鼻(かぎばな)などの形状的表現が用いられる。また、人種的な種類としては、ギリシア型、ローマ型、ユダヤ型、モンゴロイド型、ネグロイド型などが区別されている。
[嶋井和世]
動物における鼻
脊椎(せきつい)動物の嗅(きゅう)受容器であるが、両生類以上では呼吸器の一部でもある。原始的な鼻は体の先端の表皮が陥入した嗅窩(きゅうか)で、その表面は嗅細胞とその支持組織からなる嗅上皮で覆われ、嗅上皮には嗅神経が分布している。
無脊椎動物でも、例外的に頭索類のナメクジウオでは、1個の嗅窩が体の前端背側にあって、背びれの存在によって左寄りに偏在している。
脊椎動物になると、魚類のうちヤツメウナギ類では、嗅窩の深くなった1個の鼻管は鼻孔で体の背側に連絡し、その後部は盲端に終わるが、鼻管の中央部には嗅上皮を備えた嗅嚢(きゅうのう)が開口している。板鰓(ばんさい)類では1対の鼻孔が吻(ふん)端の腹側にあって、嗅窩の発達した鼻腔(びこう)に通じている。鼻腔と口腔との連絡はないが、鼻腔内には嗅板(葉状の嗅上皮)が多数並んでいる。真骨類では1対の鼻孔は吻端の側面あるいは腹面にあって、薄い皮膚によって前鼻孔と後鼻孔の二つに分かれ、水の出入に都合よくなっている。真骨類のなかでもっとも優れた嗅覚をもつといわれるウナギやウツボなどでは、大きな長い鼻腔をもち嗅板の数も多いが、フグ類のように視覚の発達した魚では鼻腔がほとんど退化し、嗅板の数も少ない。
両生類の鼻腔は外鼻孔で外界に、後鼻孔で口腔上壁の前部に開口している。爬虫(はちゅう)類以上では、新口蓋(しんこうがい)の形成によって口腔の一部が鼻咽道(びいんどう)になり、鼻腔は旧後鼻孔を経てまず鼻咽道になり、鼻咽道はさらに新後鼻孔を経て咽頭腔に開く。鼻腔の内部外側壁には、粘膜に包まれた骨のひだがあって、鼻甲介(びこうかい)とよばれ、哺乳(ほにゅう)類でよく発達している。哺乳類でも嗅覚の鋭敏な偶蹄(ぐうてい)類、奇蹄類、食肉類では鼻甲介の発達が著しい。すなわち、鼻甲介の形とひだが複雑で、そのくぼみに吸い込まれた嗅物質が空気とともに排出されることが妨げられるので、閾値(いきち)以下の嗅物質でも数回の呼吸でそれらが蓄積され、鋭敏な感覚が生ずるようになっている。霊長類では嗅覚が劣り、鼻甲介の数も少ない。また、ワニ類、鳥類、哺乳類のあるものでは鼻腔を囲む骨の内部に副鼻腔とよばれる腔洞があるが、これは鼻腔に連絡している。
陸生両生類以上の鼻腔側方には、1対のヤコブソン器官とよばれる嚢状の器官があって、その内面は嗅上皮に覆われ、嗅覚に関係する。両生類では鼻腔に開き、爬虫類ではトカゲ類でよく発達して口腔に開いている。また、ヤコブソン器官は哺乳類では単孔類や有袋類に発達し、鼻腔と口腔に開口しているが、ヒトではみられない。
[山口恒夫]