日本大百科全書(ニッポニカ) 「黒田徳米」の意味・わかりやすい解説
黒田徳米
くろだとくべい
(1886―1987)
貝類分類学者。日本の貝類分類学創成期における随一の研究者。兵庫県淡路島福良(ふくら)に生まれる。1901年(明治34)京都に移り、平瀬与一郎が創設した平瀬介館(のち平瀬貝類博物館)に勤め、事業を助けるとともに貝類研究に従事。1921年(大正10)京都帝国大学理学部地質学鉱物学教室助手となり、標本・図書の維持管理にあたり、1937年(昭和12)台北帝国大学理農学部に転じ、1940年辞任した。以後、京都帝大理学部附属瀬戸臨海実験所、資料科学研究所、連合国最高司令部(GHQ)天然資源局などに嘱託、顧問として関与した。この間、1928年日本貝類学会設立に参画、1948~1963年(昭和23~38)同学会会長、以後名誉会長となる。多数の研究論文を著し、多くの後継研究者を育成した。焼失するような財物などは持たざるにしかず、として貝集めを廃し、手記記録をもっぱらとした。1947年京都大学より理学博士の学位を授与された。
[原田英司]
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