黒焼き(読み)くろやき

改訂新版 世界大百科事典 「黒焼き」の意味・わかりやすい解説

黒焼き (くろやき)

民間薬の一種。爬虫類,昆虫類など,おもに動物を蒸焼きにして炭化させたもので,薬研(やげん)などで粉末にして用いる。中国の本草学に起源をもつとする説もあるが,《神農本草》などにはカワウソの肝やウナギの頭の焼灰を使うことは見えているものの,黒焼きは見当たらない。おそらく南方熊楠(みなかたくまぐす)の未発表稿〈守宮もて女の貞を試む〉のいうごとく,〈日本に限った俗信〉の所産かと思われる。《日葡辞書》にCuroyaqi,Vno curoyaqiが見られることから室町末期には一般化していたと思われ,後者の〈鵜の黒焼〉はのどにささった魚の骨などをとるのに用いると説明されている。黒焼きといえばまずイモリのそれを思い出すが,これは古く中国で流布された女性の貞操監視法からの変化らしい。すなわち,陶弘景(とうこうけい)などによると丹砂で養ったヤモリを陰干しにして粉にし,これを女性の臂(ひじ)などに塗ると赤いあざのようになり,いくら洗っても消えなくなる。ただし男子に接すると消えるので,後宮女性を監視することができ,守宮の名はそこから出たというのである。つまり,リトマス試験紙的機能のものであったのだが,日本ではそれをほれ薬に変質させ,かつ,《本草和名》以来の誤認によってヤモリをイモリとしてしまったようである。イモリについで知られるのはヘビトンボ幼虫であるマゴタロウムシの黒焼きで,これは子どもの疳(かん)の妙薬とされた。江戸後期にはこうした黒焼きを製造・販売する店も多く,とくに江戸では上野御成道,大坂では高津(こうづ)(現,南区)の黒焼屋が有名であった。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「黒焼き」の意味・わかりやすい解説

黒焼き【くろやき】

動植物を土器の壺で原形をとどめたまま蒸焼にして黒く焼いたもの。中国大陸から伝来した民間薬で元禄・享保ごろには江戸・大坂で黒焼屋が繁盛した。マムシは強壮,アオダイショウは性病,イモリは夫婦和合の妙薬といわれたが,薬効はあいまいなものが多い。《竹斎》に古畳や古紙子の黒焼で瘧(おこり)をなおしたという笑話がある。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の黒焼きの言及

【イモリ(蠑螈∥井守)】より

…【松井 孝爾】
[民俗]
 日本では水とかげの名もあり,また腹部がトカゲの白色と異なって紅色なので赤腹とも呼ばれる。井守の意味といわれるが,古くから男女が互いに思われようとする相手にこれの黒焼きを振りかけると効果ありということで一般に知られている。しかし,一方では中国の故事に〈やもり〉に朱を与えて食わせ,これを粉にして女性に塗っておくと,男と交わった場合にはこの朱色が消え,交わらねば色はつねに消えずとあり,イモリの黒焼きの俗信はこの方式と混同したものという説もある。…

【虫】より

…この虫がどのような種類のものかは明らかでないが,おそらくその化生して次代に生命がうけつがれていく神秘性が,多くの人々の心理に深く印象されていたことに裏づけられる現象であろう。疳(かん)の虫など〈虫〉の呼称が小児の病気一般の名であったことも,恙虫(つつがむし)をはじめとする人体寄生虫がもっともふつうな病源であったことによるが,逆にこれらの虫を生のまま,あるいは乾燥,黒焼きなどにして病気を治すのにも用いた。ハチの子,カエル,蛇などは食物の一端としても用いられたのである。…

※「黒焼き」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android