麻疹ウイルス

内科学 第10版 「麻疹ウイルス」の解説

麻疹ウイルス(ー 鎖 RNAウイルスによる感染症)

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麻疹ウイルス(measles virus)
概念
 麻疹(measles)はパラミクソウイルス科モルビリウイルス属に属する麻疹ウイルスによる全身性ウイルス感染症である.空気(飛沫核)感染する.
疫学
 麻疹ウイルスの唯一の自然宿主はヒトである.1人の感染者が免疫のない人に感染させる数である基本再生産数は16~21,流行を阻止するための集団免疫率は90~95%と,きわめて感染力が強い感染症である.20分間同じ部屋にいると感染する.2012年時点では,わが国土着の野生株は消失し,発症例の原因ウイルスは外国からの輸入株由来である(輸入関連例).
病態生理
 発疹出現までの潜伏期間は7~18日,通常14日であるが,初期症状である発熱出現までは通常10日間である.発熱時(発疹出現3~5日前)から発疹出現後数日まで感染力がある.感染した麻疹ウイルスは上気道粘膜,結膜,局所リンパ節などで増殖した後,リンパ流から血流に入り(第一次ウイルス血症),肝臓脾臓の網内系に運ばれ,そこで増殖した後再度血流に入り(第二次ウイルス血症),皮膚などの親和性のある臓器に運ばれる.発疹出現時がウイルス血症のピークである.麻疹ウイルス野生株の受容体はSLAM (signaling lymphocyte activation molecule, CD150)であり,ワクチン株やVero細胞馴化株の受容体はSLAMと補体制御因子(CD46)である.
臨床症状
(図4-4-18) 麻疹ウイルス感染10~12日後に,高熱鼻汁,咳,結膜充血,眼脂などの上気道炎および結膜炎症状が出現し,次第に増強する(カタル期).発熱3日目頃から頬粘膜に小さな白色斑点(Koplik斑)(図4-4-19)が出現する.Koplik斑出現とほぼ同時に一時的に熱は下降するが,12~24時間後に再度40℃の高熱が出現する(二峰性発熱).再度の発熱と同時に赤褐色の斑丘疹状の皮疹が顔面,耳介後部に出現する(発疹期).顔面に出現した皮疹はその後体幹,四肢に拡大する.皮疹は出現4~5日目頃から消褪しはじめ(回復期),色素沈着を残して消褪する.皮疹は感染した麻疹ウイルスに対する免疫反応により出現する.年少児では下痢をよく発症する.
検査成績・診断
 周囲の流行状況から麻疹を疑い,①全身性の斑丘疹状発疹の出現,②38.5℃以上の発熱,③咳,鼻汁,結膜炎などのカタル症状を認めると,臨床的に麻疹と診断する.Koplik斑は麻疹診断の有用な所見である.ウイルス学的には,①血中IgM抗体の検出(酵素免疫法,EIA法),②血中抗体の有意上昇(赤血球凝集抑制(HI)法か中和(NT)法で測定),③咽頭拭い液,末梢血単核球,尿からのウイルス分離陽性またはウイルス遺伝子の検出のいずれか1つを満たした場合,麻疹と診断する.尿中の麻疹ウイルス遺伝子は発症後4週を経過しても検出される.なお,伝染性紅斑,突発性発疹,風疹,デング熱などでも麻疹IgM抗体が検出されるので,わが国では麻疹の確定診断には,麻疹ウイルスの分離または遺伝子検出が推奨されている.
 麻疹抗体を確認する方法として,NT法,HI法,EIA法,粒子凝集(PA)法などがある.NT法で2倍以上が陽性であるが,多くの人の麻疹発症を予防する抗体価は4倍以上である.HI法はほかの抗体測定方法よりも感度は低いが,HI抗体価が8倍以上あれば発症は予防される.
合併症
1)中耳炎:
細菌の二次感染による合併症である.15%に合併する.
2)肺炎:
麻疹患者の約6%に合併する.麻疹ウイルス増殖に対する免疫反応・炎症反応によるウイルス性肺炎,免疫不全者にみられる麻疹ウイルスの直接侵襲による巨細胞性肺炎,細菌の二次感染による細菌性肺炎の3種類がある.巨細胞性肺炎の予後は不良である.
3)脳炎:
脳炎の合併頻度は0.2%である.発疹出現7~14日後に発症する麻疹後脳脊髄炎,発疹出現1カ月後頃に発症する麻疹封入体性脳炎,麻疹罹患7~10年後に発症する亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)の3種類がある.麻疹後脳脊髄炎は免疫学的機序により発症する.麻疹封入体性脳炎は免疫不全者にみられ,麻疹ウイルスの直接侵襲により発症する.麻疹脳炎の死亡率は20%,神経後遺症率は30%である.
 SSPEは,M蛋白が変異した麻疹ウイルス(SSPEウイルス)の中枢神経系への持続感染により発症する.初期の症状は集中力の低下,学習障害である.その後痙攣が出現する.発症率は麻疹患者10万人あたり1~2人,致死率は100%である.麻疹ワクチン接種率の向上により,SSPE発症者は激減している.
4)角膜潰瘍・失明:
ビタミンA欠乏児に合併する.
特殊な臨床経過
1)修飾麻疹:
母親からの移行抗体が残存している乳児,ガンマグロブリンの投与を受けた者,麻疹ワクチンにより獲得した免疫がその後低下した者が麻疹ウイルスに感染すると,保有している抗体の影響で軽症に経過する.
2)重症出血型麻疹(内向型麻疹):
免疫不全者では皮疹が急速に消褪し,チアノーゼなどの一般状態の急速な悪化を認める.しばしばDIC (disseminated intravascular coagulopathy)を合併する.予後不良である.網内系に麻疹ウイルスの増殖を認める.
治療
 対症的に治療する.世界保健機関はビタミンAの投与を推奨している.生後6カ月未満児は5万IU,6~11カ月の乳児は10万IU,生後12カ月以上の小児は20万IUを1日1回,2日間経口投与する.重症度や死亡率を減少させる.細菌の二次感染には抗菌剤を投与する.
 SSPEにはイノシンプラノベクスの経口投与やインターフェロンの髄腔内または脳室内投与が行われる.Ommayaリザーバーを留置して脳室内投与することが推奨されている.
予防
 麻疹の予防には麻疹ワクチンを接種する.2006年から風疹ワクチンと混合した麻疹風疹混合(MR)ワクチンの2回定期接種(1歳,小学校入学前1年間)が行われている.1回接種を受けたときのワクチン不全率は5%である.2回接種により麻疹患者数が激減している.麻疹ワクチンはニワトリ胚細胞を用いて製造されているが,卵アレルギー児にも接種は可能である.
 麻疹患者との接触があった場合,生ワクチンが接種できる者に対しては72時間以内に麻疹ワクチンを接種すると発症が予防される.軽症化を期待するならば,120時間以内に接種すれば効果が認められる.麻疹ワクチンが接種できない免疫不全者や妊婦にはガンマグロブリンの投与が勧められる.免疫健常者には0.25 mL/kg(40 mg/kg,最大15 mL)が,免疫不全者には倍量の0.5 mL/kg(80 mg/kg)が投与される.接触後6日以内に投与すると予防または軽症化が期待される.[庵原俊昭]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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