(読み)こうじ

改訂新版 世界大百科事典 「麴」の意味・わかりやすい解説

麴 (こうじ)

米,麦,大豆などにコウジカビなどのカビをはやしたもの。カビのつくりだす酵素がデンプン,タンパク質をそれぞれ糖やアミノ酸に分解することを利用して,酒類,みそ,しょうゆなどの醸造や漬物,菓子などの製造に用いられる。こうじを用いる技術は東アジア圏にかぎられ,ヒマラヤ地域から日本を含む照葉樹林帯を中心に,北は中国,南はインドネシアまで広がっている。こうじはその形状により次の2種に分けられる。(1)餅こうじ 生または炒(い)った穀物粉砕,水で練って煉瓦状,円板状,だんご状にかため,カビをつけたもの。これには茅台酒(マオタイチユウ)などの中国の蒸留酒や韓国の濁酒(マッカリ)の製造に用いられる麯子(きよくし)や紹興酒に使われる酒薬(薬草やその汁などを加え成型し,カビをつけたもの),台湾の米酒(ミーチユウ)用の白(パイチユイ),東南アジア諸国のラギー,ヒマラヤ山地のマルチャなどがある。(2)撒(ばら)こうじ 蒸煮した穀粒にカビをはやしたもの。日本の清酒,甘酒,本格焼酎,みそ,しょうゆに用いられるこうじや中国の福建紅酒(ホンチユウ)をつくる紅麴(ホンチユイ)などがある。カビの種類からみると,餅こうじはクモノスカビケカビを主体とし,撒こうじのうち清酒,みそ,しょうゆのこうじは黄こうじ菌,本格焼酎のこうじは黒こうじ菌系統のもの,紅こうじは紅こうじ菌でつくる。

《書経》によれば殷(いん)の高宗が臣下の傅説(ふえつ)を酒や醴(あまざけ)をつくるのに欠かせない麴蘖(きくげつ)(酒こうじ)のようだと評したとあり,紀元前から中国にこうじがあったことを示している。当時すでにアワ,キビ,イネが栽培されていたと推定されるので,これらの栽培植物とともにカビを利用する技術が照葉樹林帯に属する中国西南山地から黄河中流域に伝えられたのであろう。中国では東魏(とうぎ)のころ(6世紀前半)に,酒つくりには餅こうじ,調味料には撒こうじと完全に分化・使用しており,現在でも日本を除く東アジア地域の酒はほとんど餅こうじでつくられている。日本の酒,調味料はわずかな例外をのぞきすべて撒こうじを用いている。8世紀初めに撰進された《播磨国風土記》に〈大神に捧げた乾飯(かれいい)がぬれてカビがはえ,これで酒をつくり庭酒(にはき)として献じたので庭酒の村という〉とあり,これが撒こうじの存在を示す最古の資料である。

こうじにはえるカビの種類はこうじ原料の性質やこうじをつくるときの温度などの環境条件で自然に選別される。13世紀前期の大和国ですでに清酒やみそ用の優良な黄こうじ菌を選択,繁殖させてその種子(分生子)を販売する種こうじ業が成立した。京都の北野天満宮は京都内外でのこうじ製造販売の特権を独占し,その特権をめぐる〈文安の麴騒動〉(1444)で社殿の大半が兵火で焼失した(麴座)。現在でも種こうじは専門の業者によってつくられ,清酒,本格焼酎,みそ,しょうゆ業者に供給されている。種こうじは玄米の表皮を傷つける程度に精米した米を原料とし,これを洗米し,十分水を吸わせてから水を切り,甑(こしき)で蒸し,ケヤキクヌギ,カシなどの木灰を混ぜ,こうじ菌胞子を散布し,30℃に保温する。菌の増殖とともに温度が上昇するが,42℃以上にならないよう手入れなどにより品温を調節し,こうじ菌を十分繁殖させる。培養3日目以降は品温を30~35℃に保ち,乾燥させないようにして胞子を着生させる。5~6日で完了する。乾燥室に1日おいて乾燥し,製品とする。

精米歩合(玄米重量にたいする精米後の白米重量の%)で70%前後の精白米を原料とする。高級酒用には精米歩合50~65%の白米を用いる。洗米し,吸水させ,よく水を切ってから甑で蒸す。蒸米を40℃程度に冷却し,原料白米100kg当り100gの種こうじを均一に散布し,30~32℃に保温する。20時間後菌の生育により蒸米表面に白い斑点(破精(はぜ))が見えるようになり,以後品温が急昇するので,かくはんして米粒をほぐし,小分けする。昔は45×30×5cmの木製のこうじ蓋(ぶた)に1.5kgずつ分けたが,現在では60×100×10cmの長方形の底がすのこになっている木製の大箱に15kgずつ盛り,作業が省力化された。以後品温の上昇をこうじ層の厚さ,敷布や掛布による保温,手入れによるかくはんで調節し,最高品温40~42℃,製麴(せいきく)時間42~48時間でこうじになる。なおこうじは室温27℃前後の恒温室(こうじ室(むろ))でつくられる。黄こうじ菌の生育およびデンプン糖化酵素生産の適温は37~38℃であり,製麴中の品温を適温に自動調節できる機械製麴装置を用いれば30時間で清酒こうじをつくることも可能である。甘酒こうじの製法は原料白米が飯米(精米歩合92%前後)を用いることをのぞき清酒こうじと同じである。

黒こうじ菌またはその白色変異株の種こうじを精米歩合92%の蒸米に散布し,清酒こうじとほぼ同様につくられる。ただしはじめ38℃に保温し,品温を40~42℃まであげ,菌を十分生育させたのち,酸の生成の適温である35~36℃に品温を調節し45時間前後でこうじになる。糖化力は清酒こうじより弱いが酸味が強く,もろみの細菌汚染を防ぎ,暖地における焼酎製造に適する。

精米歩合92%の白米を原料にするほか清酒こうじとほぼ同様につくられる。ただしタンパク質分解酵素力の強いこうじを得る目的で種こうじに炭酸カルシウムを混合,散布し,品温も清酒こうじより低く(25~35℃)経過させ,40時間前後でこうじとなる。麦みそでは大麦を用いる。

蒸煮した丸ダイズまたは脱脂ダイズを炒煎(しようせん),割砕した小麦でくるみ,種こうじを散布する。しょうゆの品質,原料の窒素溶解利用率からみて,製麴温度は25℃がよい。

液体のもろみに空気を吹き込みながらこうじ菌を培養し,培養液中にデンプン糖化酵素を生産させたもの。第2次世界大戦後日本で開発され,デンプン質原料からのアルコールの製造などに用いられた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のの言及

【醸造】より

…醸とは,樽や酒つぼを意味する酉(ゆう)の字と,なかに物をつめる意の襄(じよう)の字をあわせたもので,酒つぼなどの容器に原料を仕入んで,酒,食酢,みそ,しょうゆなどを醸(かも)すことを意味する。カビの胞子がとび散るさまから麴(こうじ)のことを〈加無太知(かむたち)〉とよび(《和名抄》),かむたちをまぜて酒を造ることを〈醸(かすも)〉といった(《古事記伝》)。また口で米を〈咀(かみ)て〉酒を造ったという《大隅国風土記》の記録を引用して醸は〈嚼(かむ)〉に通ずるとする説もある(《和訓栞》)。…

【麴座】より

…中世,酒やみその醸造に欠かすことのできないこうじを製造し,販売した商人の座。他の座と同様,領主に従属して年貢物を出し,それによって特権を認められ,一定地域に営業独占権を行使して他商人を排斥したものが多い。…

【酒母】より

…微生物の存在が知られるまでは,原料で栄養条件をさだめ,製造の温度や酸度などの物理的環境条件を調節することにより,自然界から有用な微生物だけを酒母に生やす集積培養法が経験的に開発されていた。たとえば稲わらのむしろで蒸米をくるんでねかすと黄麴菌(きこうじきん)が生えてこうじができるが,こうじには種々の酵母や乳酸菌などの細菌も生えている。このこうじと蒸米と水を混ぜ,低温(8℃)で放置するとまず水由来の細菌が生えて亜硝酸をつくり,これに弱い微生物を淘汰する。…

【醸造】より

…醸とは,樽や酒つぼを意味する酉(ゆう)の字と,なかに物をつめる意の襄(じよう)の字をあわせたもので,酒つぼなどの容器に原料を仕入んで,酒,食酢,みそ,しょうゆなどを醸(かも)すことを意味する。カビの胞子がとび散るさまから麴(こうじ)のことを〈加無太知(かむたち)〉とよび(《和名抄》),かむたちをまぜて酒を造ることを〈醸(かすも)〉といった(《古事記伝》)。また口で米を〈咀(かみ)て〉酒を造ったという《大隅国風土記》の記録を引用して醸は〈嚼(かむ)〉に通ずるとする説もある(《和訓栞》)。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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