魔術(読み)まじゅつ(英語表記)magic

翻訳|magic

精選版 日本国語大辞典 「魔術」の意味・読み・例文・類語

ま‐じゅつ【魔術】

〘名〙
① 魔力によって行なう不思議な術。人心をまどわす不思議な術。妖術。魔法。
※光悦本謡曲・大会(1538頃)「帝釈現れ数千の魔術を、浅まになせば」
② 大がかりな手品。大仕掛けの手品。
浅草紅団(1929‐30)〈川端康成〉五一「魔術(マジュツ)ってものをはじめて見たが、阿呆のしゃれた夢だね」
③ 自然やものが発揮する不思議な力。
※火の柱(1904)〈木下尚江〉二一「恋は大人をも小児にする魔術です」

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デジタル大辞泉 「魔術」の意味・読み・例文・類語

ま‐じゅつ【魔術】

人の心を惑わす不思議な術。魔法。「魔術をかける」「言葉の魔術
手品。特に、大がかりな仕掛けを用いるものにいう。
[類語]魔法妖術幻術呪術まじない

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改訂新版 世界大百科事典 「魔術」の意味・わかりやすい解説

魔術 (まじゅつ)
magic

〈魔術(マジック)〉という言葉は主として3通りに使われている。(1)〈手品〉ないし〈奇術〉。つまり一見不可思議なことを知られざる合理的手段で達成する手練の技。(2)〈呪術〉。すなわち呪物や呪文を用いて超自然的な現象を起こさせると信じられている方術。(3)〈魔法〉。いいかえれば,人間が内なる可能性を完全に開発して,人間を超える存在と接触したり,その存在になりきったりする超越の方法。ここでは第3の意味に限定して用いることにする。第1の意味については〈奇術〉の項を,第2の意味については〈呪術〉の項を参照されたい。

 マジックという英語は,ギリシア語のマギケmagikēつまり〈マゴスmagosの技術〉に由来する。マゴス(ラテン語ではマグスでその複数形がマギ)とはメディア王国やゾロアスター教の神官階級を指し,彼らは火を統御することにより不可視の世界と交わり,さまざまな神変加持力を発揮していた。人類が可視的世界の背後に不可視の諸力の実在を実感していた古代世界においては,その諸力を支配する技術が文明の重要な基盤の一つとなっていた。現代では物理的諸力を掌握する科学技術が文明の動向を決定する大きな力の一つになっているように,古代では超自然的諸力(神々,女神,神霊,魔神,天使などさまざまな名まえで呼ばれる)を自在に統御しうる技術が存在し,宗教,学問,芸術,制度,王権の根拠となっていたのである。この種の技術は,ヨーロッパではキリスト教の制覇とともに,異教や異端の名のもとに弾圧されるようになり,神から離反する悪魔の所業とみなされるようになった。そのためこの古代技術は錬金術や神智学の形をとって秘密裡に伝承されるようになり,神秘思想の伝統の一翼をになった。一方,魔術は他の文明圏では一概に邪悪視,危険視されることはなかった。インドのヨーガやタントラ,中国の神仙道は一種の魔術といってもよい側面をもっているが,ヨーロッパにおけるように厳しく排斥されることはなかった。

 あらゆる魔術に共通な原理と方法と特質とを次のような7項にまとめることができよう。

(1)世界の重層構造論。世界とは決して斉一ではなく,絶対者たる〈神〉から流出し,質料に至ってその影をとどめる〈物質〉までの重層構造をもっている。われわれの感覚世界は最後の一層にすぎず,その上には超感覚的世界が幾重にも重なり,各層には各層なりの特質をもつ諸力が時空を超えて存在している。

(2)諸力の認識可能性。それらの諸力は通常の感覚ではとらえることはできないが,修行によって知覚する内的能力を獲得することができる。一つは想像力,二つは霊感,三つは直観である。これらの能力を身につけた者にとって,諸力は単なる信仰の対象ではなく,明晰判明な認識の対象となる。

(3)形相の同一性。各層は浸透し合う連続体であると同時に,みずから境界をもち,上と下とは形相の同一性によって照応し合っている。ある人物をテレビに映し,それを写真にとり,さらにコピーすると,実物→テレビ→写真→コピーと四つの次元を異にした表現が可能であるが,どれもその人物の形相をとどめている限り,その人物と認知することができる。この形相の同一性を行為で表現したものが儀式であり,物質で表現したものが象徴である。

(4)象徴体系。魔術とは儀式や象徴を用いて各層の諸力と自由に交流する技術である。象徴体系とは無意識領域,つまり“隠れた”領域に通用する言語であって,特定の文法,意味の体系,単語,文字,音韻をそなえている。この言語に習熟することによって,内的世界が次々と開かれ,意識によって閉ざされてしまった大宇宙との交流が可能になる。象徴という言語に通暁しない者にとって,儀式は未知の外国語のようなものだが,それを使いこなせれば,儀式とは超感覚的世界の諸力を実感しその恩恵を得る特権的な場となる。あらゆる儀式はある意味で一つの魔術なのである。

(5)波動,響き,神名。各層に存在する諸力は一定の波動をもち,それに同調するためには通常,楽器や音声による響きをもってする。その響きが後には〈神名〉として伝わっている。〈名〉を称えることはその力を呼び出すことであり,その響きの中で万有を共鳴させることである。古来,魔術が〈呪術〉つまり言語マジックを中心としていることは偶然ではない。

(6)神人合一。各層に存在する諸力と共鳴関係に入ると,魔術師は自分の人格を解体させて,その力と一体化する。いいかえればその力に変身し,その力のもつ形を帯びるようになる。次元の低い諸力から始めて,各層の諸力との一体化を次々に修練して,究極的には絶対的な〈一者〉に合一することが魔術の目的である。

(7)神秘主義,科学,宗教,哲学との相違。人間は上には〈神〉と,下には〈物質〉とつながる中間者である。その特権を生かして上にも下にも向かうことができる。魔術は多くの神秘主義のように上に向かうことだけに専念するようなことはしない。また科学のように下に向かうことのみに集中することも避ける。上にも下にも自在に往来し,それにより天と地と人の三才を一身に体現することを志す。宗教は恩寵をもたらすが魔術は過酷な修行を強いる。その技術そのものは道徳的に中立なので,善用するか悪用するかはもっぱら魔術師の責任に帰する。哲学は思索と観想をめぐらすが,魔術はつねに実践に結びつく。哲学は論理を展開するが,魔術は象徴を駆使するのである。
執筆者:

魔術は中世ヨーロッパでは一般に,霊魂を呼び出し超自然的現象を起こさせる技術とされ,とくに邪霊を使う魔女の術witchcraftと同一視された。またキリスト教にいう悪魔と関係をもつ魔術を黒(くろ)魔術black magic,天使や善き精霊の力を借りる術を白魔術white magicとして区別した。しかしF.ベーコンなどにより〈真正の魔術〉と呼ばれた自然魔術natural magicは,霊魂ではなく医薬や磁力や言語の表象機能を魔力の源泉とするもので,ルネサンス期の魔術観の中核を占めた。これらは,対象と手段とに応じて占星術や錬金術,カバラの術などに細分され,近代科学の有力な一源泉になる一方,星や太陽の影響力を正しく測定し人間の未来を予言する万物照応の術,すなわち手相,人相,骨相などを含む観相術をも発展させた。なお自然魔術については19世紀以降に民俗学への関心が高まったことに加え,アフリカ人や中国人などがもたらした彼ら独自の魔術の体系が新たな興味を呼び起こしていることが注目される。

 近世以降に重視されるようになった概念としては儀式魔術ritual magicも重要である。フリーメーソンの発展など秘密結社運動の活発化にともない,秘密の入社式(イニシエーション)は魔術概念の身体的表現ともみなされ,とりわけパリやロンドンのような都市に集まったボヘミアンの中に賛同者を見いだした。この方面ではとくに文学や美術や舞踏などの創作にみるべきものが現れている。19世紀末の魔術運動にみずから参加したJ.K.ユイスマンス,A.マッケン,B.リットンらの作家は,魔術そのものを文学の主題に据え,儀式魔術の美学的特性を大いに喧伝した。またタロットが新しくデザインされ,ラファエル前派やフランス象徴主義が隆盛を極めたのもこの時期にあたる。フランスではJ.ペラダンを中心に薔薇十字主義の芸術サロンが生まれ,E.サティの音楽などが作られている。なおブルトンのシュルレアリスムにも魔術に対する深い関心がうかがえる。総じて19世紀の魔術復活は既成社会の腐敗と混乱とに対抗した一種の退行的ユートピズムとみることもでき,その表現として儀式魔術が恰好の媒体となったと考えられる。

 ところで,儀式魔術についてはセックスと麻薬を中心に据えた秘儀の系統が現代もなお力を得ており,A.クローリーをはじめ数々の教団組織者が出現している。クローリーの影響がとくに強いアメリカ西海岸では,1970年以後これら性的儀式を売りものとする反体制的なアンダーグラウンド集団が多数組織された。S.テート殺し事件を起こしたC.マンソンの〈ファミリー〉はその極端な例であろう。これらの秘儀はさらにロック音楽やアートと結合して商業化され,一時はカリフォルニアに多くの魔術講座や専門学校も開かれた。そこでは学費を払えば,だれでも黒ミサに参加したり魔術名を授かることができた。また映画《エクソシスト》の大ヒットにみるとおり,悪魔憑きへの興味も大きく盛り上がった。これらはポップ・マジックpop magicとかポップ・オカルトpop occultと呼ばれ,都市の若者に支持されたが,80年代にはいり神秘主義や東洋思想といったいっそう大きな精神文化の潮流へ吸収されつつある。

 また魔術的解釈による宇宙論や自然論といった哲学レベルの問題も近世以降の人々を刺激し,18世紀末には死後の生命の行方に関連して人々の興味をひくようになった。たとえばF.A.メスマー動物磁気が霊媒の入神現象を解明する鍵とみなされ,透視や霊界交信に応用する試みが開始された。さらに世界を霊,魂,体に三分割する魔術的思考は,メビウス,ミンコフスキー,アインシュタインらの新しい時間論や次元論と部分的な親和性をもち,ユークリッド=ニュートンによる従来の物質像を覆す役割の一端をも担った。また科学者の中にも古代宇宙論や東洋哲学,ならびにオカルティズムに関心を示す人々が現れている。A.R.ウォーレス,H.マイヤー,O.ロッジらは心霊現象に注目した科学者たちである。さらに心理学は無意識の問題や人間の霊性の進化といった魔術の課題にメスを入れている。C.G.ユングが錬金術に深い関心を寄せ,その象徴体系を心理学の面から解明しようとしたことは,今日広く知られている。
執筆者:

科学と魔術との関係は,ごく単純に考えれば,科学は魔術と敵対するものであり,歴史的にみても,魔術の〈非合理性〉を指弾し克服する形で誕生し発展してきたと考えられる。また内容上も,魔術を迷信として退けうる明確な根拠は自然科学に求めることができるということにもなろう。しかし,科学と魔術とは,一見して得られるこうした印象をはるかに超えた複雑な関係を示している。その第1は,歴史上の問題であり,第2は内容上の問題である。科学がヨーロッパ世界の所産である以上,第1の歴史にかかわる論点も,記述はヨーロッパに限定されることになるが,ヨーロッパにおいて魔術が知識のレベルも含めてひじょうに大きな力をもちはじめたのはルネサンス期のことだった。〈12世紀ルネサンス〉を経て,ギリシア・ローマ,イスラムの学問をわがものにしたうえで,それらをキリスト教と融合させ,スコラ学という合理的な知識体系をつくりあげたあとでさえ,ルネサンス期までは,ヨーロッパ世界は魔術に対し一貫して否定的な態度を取り続けた。

 教父時代の末期,アウグスティヌスはプラトン思想(ないし新プラトン主義思想)への強い関心と敬意を抱きながらも,それが魔術と近親性をもつという理由で,最終的には拒斥した。以来,キリスト教の正統派は,魔術を非合理なものとして,厳しく弾劾したのである。ここでは,旧約,新約を通じて聖書に登場するさまざまな奇跡を守らなければならない,という護教論的な配慮が働いていたといえる。奇跡も魔術も,現象のみを取り上げれば,どちらも通常自然の能力として見積もられている範囲を超えたものである。しかるに奇跡を魔術から区別するのは,それが神の力の顕現と認めうるか否かにかかっており,しかもその認定の根拠は必然的に信仰の内部にしかない。それゆえ,キリスト教信仰が,奇跡の正当性を守るために奇跡まがいの魔術を厳しく否定しようとするのは,ほとんど論理的必然であった。

 ルネサンス期に入って,オスマン・トルコの圧迫,ビザンティン帝国の崩壊などをきっかけに,当時としては〈異教〉的な色彩の強いさまざまな思想体系--ヘルメス主義,カバラ主義,記憶術など--が,主としてフィレンツェのプラトン・アカデミーを中心に,プラトン主義の名の下に紹介されはじめた。こうした状況のなかで,魔術もまた新しい装いと意味付けを伴って復活したといってよい。世界の中の人間の位置,自然の構造の新しい探究方法として,しかも当然のことながら,キリスト教的な世界観との融合を前提として,魔術はもう一つの知の体系たりえたのである。たとえばピコ・デラ・ミランドラは,魔術的な超自然的行為も結局は神に帰するものとして理解すべきであると説き,あるいはネッテスハイムのアグリッパは,異教的な魔術の存在を認めつつなお,カトリック信仰こそ真の魔術の源泉であると主張している。そうした場合の魔術(とくに〈自然魔術〉)は,〈すべての自然の事物と天界の事物とをひき起こす力を考察し,それらの間の相互関係を詳しく探究し,その間の目にみえない神秘的な力を知るための術〉であり,その知識を得ることによって,〈奇跡と思われるような驚くべきことを起こさせる〉ものである,と定義される。

 このような魔術的な自然観は,一方では従来の訓詁的・注釈的な学問を改革し,地上界のみならず天界をも含む自然を徹底的に自分たちの感覚を総動員して探索するという,実証的・実験的な態度を奨励すると同時に,通常では用いがたい,しかしもともと自然のなかに“隠され”ていて掘り起こして用いることのできる力を探り当てることによって,自然現象を制御しようとする技術的感覚をも育てることになった。つまり,自然についての知識とそれを利用しての自然支配という,近代科学技術の発想のひな型がここにある。F.ベーコンがこうした自然魔術の観念を背景に〈知は力なり〉と宣言したのは決して偶然ではない。実際,16~17世紀の近代科学創設期の人々でこうした知的土壌の影響を受けなかった人物を探すことは困難である。ルネサンス期のキリスト教的・魔術的世界観こそ,ヨーロッパにおいて近代科学を誕生させる不可欠の要素の一つであった。

 第2の内容上の問題もまた,上に述べたことに関連する。現代の科学技術は,まさしく,自然のなかに隠されている諸力を掘り起こし,人間がそれを利用することによって,通常の自然過程では起こりえない奇跡的なことがらを実現している,という点で,アグリッパの魔術の定義そのままである。科学技術の所産は,それを知らない人々にとって,魔術としかいいようがあるまい。さらに,たとえば,未開社会における呪術師と為政者との関係は,現代先進社会における指導的科学技術者と為政者とのそれにひじょうによく似ている。違いといえば,未開社会で呪術師の予言や提言が外れれば,しばしば厳しい処断が待っているのに対し,先進社会では科学技術者の地位はいつも安泰である,というところぐらいかもしれない。

 このように考えてみると,科学(あるいはそれと結びついた技術)と魔術の距離は予想以上に近いことがわかってくる。何をどこまで,自然のなかに隠されている力として認めるか,という点で意見の食い違いが生じたとき,科学と魔術とが分かれるといえるのかもしれない。その場合は,否定されるべき意見が〈魔術〉の名を冠されて排斥されることになり,場合によってはむしろそのことを利用した〈魔術師〉が自己の卓越性,ユニークさの宣伝材料として魔術の名を利用する場合も生まれる。しかし科学の歴史を調べても,何をどこまで〈自然〉に帰するのか,という判断基準はつねに動揺しており変化していることがわかる以上,科学と魔術との関係は,簡単には割り切れないということを繰り返さなければならない。
オカルティズム →神秘主義 →ヘルメス思想
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「魔術」の意味・わかりやすい解説

魔術
まじゅつ

超自然的存在や神秘的力能の助けを借りて不思議なことを行う法のこと。ただし、留意しなければならないのは、ギリシア語mageiaを語源とし英語のマジックmagicに代表される西欧のことばでは「魔術」と「呪術(じゅじゅつ)」を区別していない。すなわち、超自然的手段を用いて、善悪いずれであれ自分が望むようにこの世の現象を操作し変えようとするものがマジックである。よい目的をもつものをホワイト・マジック(白い呪術)、悪い目的をもつものをブラック・マジック(黒い呪術)と色の形容詞を用いて性格づけすることはしても、魔術と呪術を区別していないのである。では両者の差異は何か。

 東洋では、「魔」とは梵(ぼん)語māraを語源として、人の善事を妨げ人の心を悩まし乱す悪霊をさす。したがって、妖怪(ようかい)、幽霊、馮(つ)き物、悪霊を動かす妖術的なものが魔術にあたる。いいかえれば、たとえ善事をなすにせよ、動かす超自然力が魔的であるわけである。

 一方、西洋では、ギリシア語ダイモンdaimonを語源とする英語のデモン(悪魔)の超自然的力を借りることを魔術とみなすが、ギリシア語のダイモンとは超自然的存在ないしは精霊を意味するもので、善霊・悪霊の区別のない一般的なものであった。これが、キリスト教以外の霊的存在をすべて排撃する中世カトリック世界において、異教異端の霊的存在をもっぱら邪悪視したことから、今日われわれの知るデモン(悪魔)の性格が与えられた。

 したがって、呪術と魔術の区別は、その社会の宗教・信仰や体制に支持されたものが呪術、それらの支持がない異端的・反社会的・反秩序的なものを魔術、とみなしてよい。

 そのもっとも顕著な例が魔女である。ヨーロッパで中世から16~17世紀にかけ盛んに魔女狩りが行われた。これは、災禍が起こると、カトリック体制はこれを悪魔に身を売った魔女(なかには男性もいたが男性も魔女とよばれた)のしわざとして魔女狩りを行い、大掛りな異端審問を行い、拷問のすえに、無実な者にも魔女であるといわせて、火刑台で死刑にしたもの。いわば彼女たちは、封建体制、宗教体制保持のための犠牲であった。

 さて、魔術とは実際にどんなものであったのか。超自然力を動かす祈りと儀式のほか、学問や科学成立以前の科学が利用された。星占術、錬金術、動植物からとったいろいろな要素を調合する魔薬づくりなど、自然科学、物理、化学、薬医学の開発である。薬でいえば、病気治療薬から催淫(さいいん)薬、毒薬までもつくった。したがって、高度の文化をもった古代バビロニア、エジプト、ギリシア、ローマ、インド、中国などに魔術は栄え、ヘブライ人やアラビア人たちが特殊な才能を示した。ただし、魔術師とよばれる科学者の前身の人々は、苦心して開発した製法、技術、発見などを盗まれないように秘伝にした。しばしば魔術は体制側の権威や秩序を乱すものであったので、魔術師たちは社会から孤立し大衆からうさんくさくみられ、集団をつくるにせよ神秘主義的秘密結社をつくる傾向を強めた。また、魔術と神秘主義的秘密結社との結合は、ユダヤの有力な密教カバラ以来の伝統ともいえよう。

 ヨーロッパにおける魔術の全盛期は、16~17世紀、つまり、イタリア戦争、宗教戦争、三十年戦争などの大乱が相次ぎ、中世の十字軍遠征以来じわじわとヨーロッパに入ってきていた東方の異端の思想や学問がようやく広まり、自然科学的学問や合理主義が栄え、新旧キリスト教が争い、中世封建社会から近代社会へと転換する時代である。前述の魔女狩りもヒステリックに行われた。

 しかし、理性の世紀の18世紀になると、確かに一方でイタリアのカリョストロやフランスのサン・ジェルマンなどの神秘主義的魔術師がいたが、それまで魔術が育ててきた学問や自然科学が、魔術から独立して自己形成を遂げる。すなわち、魔力で行う不思議な術であった魔術の正体は、学問、科学の力による部分が大きかったが、それらが分離独立したわけである。それとともに、魔術はかならずしも恐ろしいものではなくなった。たとえば、その後の人類が開発したダイナマイトや毒ガスや核兵器などの恐ろしいものは、科学のしわざでこそあれ、もはや魔術のしわざではなくなったわけである。そして、19世紀以後になると、グリムの童話集をみてもわかるように、いわゆる魔法使いは、子供たちを怖がらせつつ楽しませる紙面上やスクリーン上あるいはブラウン管のなかの存在となる。前述のように魔術が学問、科学に裏打ちされたのに対し、魔法とは不思議なことを行う術のことである。童話などでの魔法使いの活躍は、不思議なことはフィクションの世界でこそ自由に展開できるものだからであろう。

 現代では、魔術はオカルトなどにからくも生き残っているが、むしろ霊学、悪魔学、黒魔術、魔女伝説、吸血鬼伝説などの知的興味の対象となっている。あるいは大仕掛けな手品の呼び名になってしまっている。

[深作光貞]

『M・クリストファー著、梅田晴夫訳『魔術』(1978・青土社)』『P・ロッシ著、前田達郎訳『魔術から科学へ――近代思想の成立と科学的認識の形成』(1970・サイマル出版会)』『A・クロウリー著、島弘之訳『魔術――理論と実践』二冊(1983・国書刊行会)』

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百科事典マイペディア 「魔術」の意味・わかりやすい解説

魔術【まじゅつ】

英語magicなどの訳。欧語はギリシア語マギケーに由来し,原義は〈マゴスの術〉。マゴスとは古代メディア王国の神官の称で,ラテン語ではマグス(複数形マギ。〈東方三博士〉の博士)。すなわち,ここでいう魔術とは,古代以来の,超自然的な力を統御するための理論と実践の総称。別の訳語奇術呪術もあわせて参照されたい。聖なる諸力との交信可能性,ミクロコスモス・マクロコスモスの照応,世界の階層構造などを前提とする魔術的世界観は,前近代にあっては普遍的であり,かたちを変えて現代にまで生きている。魔術は常に最先端の知と技術であり続けたとも言える。〈白魔術〉〈黒魔術〉〈魔女の術〉〈妖術〉といった分類や区別は,特定宗教から見たイデオロギーの産物であって,魔術の衰退は新たな魔術の興隆と並行すること,脱魔術化が近代の理念であったにせよそれが終了してはいないこと,さらにはとりわけ芸術の見地から世界の再魔術化が繰り返し図られてきたことには注意しなければならない。→オカルティズム神秘主義ヘルメス思想
→関連項目占星術

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普及版 字通 「魔術」の読み・字形・画数・意味

【魔術】まじゆつ

妖術。

字通「魔」の項目を見る

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デジタル大辞泉プラス 「魔術」の解説

魔術

米国の作家エド・マクベインの警察小説(1987)。原題《Tricks》。「87分署」シリーズ。

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世界大百科事典(旧版)内の魔術の言及

【奇術】より

…外国の書物では奇術をアート・オブ・ディセプションart of deception(まやかしの術)と表現したものが多い。奇術のことを英語でマジックmagic,コンジャリングconjuringあるいは単にトリックtrickと呼ぶことがあり,魔術,奇術,手品などの訳語があてられているが,その意味に大差があるわけではない。
【奇術の種類とその原理】
 奇術師がつくりだすことのできる奇現象には,おおまかにいって次のようなものがある。…

【医学】より

…この世界は,感情的なイメージの類推によって結合がおこなわれるために,不安をもつ被援助者を鎮静させる行動をとりやすい。これが,いわゆる迷信とか,呪術(じゆじゆつ),魔術につながる援助的行動で,未開社会あるいは原始的社会における医療の起源として,しばしば引用されるものである。しかしそれは,原始社会に限らず,現代の科学的に高度に洗練された医学の背後にも存続して,論理の誘導に大きな働きをしている。…

【奇術】より

…外国の書物では奇術をアート・オブ・ディセプションart of deception(まやかしの術)と表現したものが多い。奇術のことを英語でマジックmagic,コンジャリングconjuringあるいは単にトリックtrickと呼ぶことがあり,魔術,奇術,手品などの訳語があてられているが,その意味に大差があるわけではない。
【奇術の種類とその原理】
 奇術師がつくりだすことのできる奇現象には,おおまかにいって次のようなものがある。…

【ヘルメス思想】より

…天体から地上へは微妙な作用素(エフルウィアeffluvia)が絶えず流出し物質に流入するので(《アスクレピオス》),地上のすべてのものは天体の作用(インフルエンティアinfluentia)を受ける。この流入をとらえるのが魔術であって,そのために天の支配者たちの像を描き呪符をつくる(《ピカトリクス》)。なお《ピカトリクス》は12世紀にアラビアで著されたと思われる書物であるが,スペイン語訳やラテン語訳が回読されてヨーロッパでも影響が大きかった。…

※「魔術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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