高速気流(読み)コウソクキリュウ(英語表記)high-speed flow

デジタル大辞泉 「高速気流」の意味・読み・例文・類語

こうそく‐きりゅう〔カウソクキリウ〕【高速気流】

速さが音速に近い気体の流れ。航空機などへの抵抗が急激に増す。

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精選版 日本国語大辞典 「高速気流」の意味・読み・例文・類語

こうそく‐きりゅう カウソクキリウ【高速気流】

〘名〙 音速、またはそれに近い速度で運動している気流物体が、静止している空気の中を音速に近い速度で運動する場合の、物体のまわりの空気の流れについてもいう。

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改訂新版 世界大百科事典 「高速気流」の意味・わかりやすい解説

高速気流 (こうそくきりゅう)
high-speed flow

気体は圧縮性が大きいので,気体が物体のまわりを流れたり,断面積の変化する管の中を流れたりする場合は,圧縮性が流れの状態に影響を与える。この影響は流れの速度が音速に比べて小さい間はたいしたこともないが,流れの速度が音速に近くなるに従ってその影響は著しくなり,音速以上の速度になると流れの状態はまったく変わってしまう。高速気流というのは,圧縮性の影響が無視できないような速度の気体の流れをいう。

 気体の一様な流れの中に物体が置かれた場合を考える。いま,物体のずっと上流の流れの速度をU,そこでの音速をaとすると,Uaで割った値U/aマッハ数といい,通常Mで表す。上述の圧縮性の影響の大小はこのマッハ数の大きさで決まり,Mが1に比べて小さければ圧縮性の影響は小さく,Mが1に近くなるにつれて大きくなる。別に明確な限界があるわけではなく,とくに定義されてはいないが,だいたいM=0.5以上の流れを高速気流と考えてよいだろう。なお,流れに起こる現象は物体と気体との相対速度で決まるから,速度Uの気体の中で物体が静止しているときに生ずる流れのパターンは,気体が静止していて物体が速度Uで逆方向に運動している場合と同じになる。

ここで高速気流を特徴づける圧縮性の影響について簡単に述べておこう。静止した気体の中で物体が動くとその周囲の気体は乱される。この乱れをじょう乱またはこう乱と呼んでいる。その実体は気体の中に誘起される速度,圧力,密度,温度などの変動である。物体が非常に小さい場合には生ずるじょう乱も小さい。刻々発生するじょう乱は球面波となって気体の中を四方に伝わっていく。このようすはちょうど池の水面に小石を投げ入れたとき,波の環が広がっていくのと同じである。一般に微小なじょう乱は音速で伝わるから,この球面波は音速で広がっていく。微小なじょう乱が音速という有限な速度で気体の中を伝搬するのは,実は気体に圧縮性があるためで,もしも圧縮性がなかったならば,無限大の速度で伝搬する。それゆえ,圧縮性のない流体を仮定すると,その中に生じたじょう乱は瞬間的に全体に伝わる。これに対して気体の中では有限な速度で伝わるから,離れたところまでじょう乱が達するには時間がかかり,遅れが生ずる。じょう乱の伝搬におけるこの性質が圧縮性の影響として現れるわけである。結論だけをいうと,流れている気体の中ではじょう乱の影響は上流に及びにくく,その傾向はマッハ数が大きいほど著しいと要約できる。

次に高速気流の中に置かれた物体のまわりの流れについて,翼を例にとって説明する。翼のずっと上流では一様な速度で流れていても,翼の近くでは流れの速いところや遅いところができる。翼の前端(前縁という)に近いところでは流れがせき止められる傾向になるので,流れの速度はきわめて小さくなる。その後加速されて前縁から翼の上面に沿って少し下流にいったあたりで速度は最大になり,それから先は後縁に向かって減少する。一般に流れている気体の中の音速は,流れの速度が大きいところでは小さくなり,速度が小さいところでは大きくなる。したがって,流れの中のある点の速度をその点の音速で割って得られるマッハ数は,場所によって変わる。このようにして定義されるマッハ数を局所マッハ数と呼ぶ。これに対して翼のずっと上流におけるマッハ数を主流のマッハ数,あるいは一様流のマッハ数と呼ぶ。

 いま,主流のマッハ数を0から徐々に大きくしていくと,それが1になる前に翼の上面の最大速度の点における局所マッハ数は1になる。言い換えれば,主流の速度が音速に達する以前に,翼上面の最大速度の点では流れの速度が音速になる。このときの主流のマッハ数を臨界マッハ数という。臨界マッハ数の大きさは物体の形によって決まり,ふつうの翼型では0.7~0.8程度である。主流のマッハ数を臨界マッハ数より大きくすると,図aに示すように,翼の上面の最大速度の点のまわりに超音速流領域ができ,この超音速流が再び亜音速流に減速するところに,衝撃波と呼ばれる強い圧縮波が発生する。この状態では翼のまわりの流れに亜音速の部分と超音速の部分が共存することになる。衝撃波は翼面にほぼ垂直にでき,気体はこの衝撃波を通過すると不連続的に超音速から亜音速に減速し,圧力,密度,温度は不連続的に増加する。このとき,圧力の不連続的増加は翼の表面に沿う流れを剝離させるので,翼の性能を急激に低下させる。すなわち,揚力を減少させ,抗力を著しく増加させる。この現象を衝撃失速と呼び,衝撃失速が起こる主流のマッハ数を抗力急増マッハ数と呼ぶ。主流のマッハ数をさらに高くすると翼の上面の衝撃波は後縁まで後退し,下面にも超音速の領域が現れる。この状態を図bおよび図cに示す。主流のマッハ数をなおも上げていくと,図dのように翼の前縁の前方から別の衝撃波が近づいてくる。これは主流のマッハ数が大きくなると,じょう乱が上流へさかのぼっていけなくなり,それが集積して衝撃波になるためである。そして,前縁がまるいかぎり,主流のマッハ数を1以上にしても前縁の直前は亜音速にとどまるから,衝撃波が前縁に付着することはない(図e)。この状態は衝撃波に伴って生ずる造波抵抗がとくに大きいので,超音速流中を運動する物体では,先端をとがらせて衝撃波を付着させると同時に全体を薄く(あるいは細く)して衝撃波の強さを弱め,抵抗を小さくする必要がある。

 このように物体のまわりの気体の流れは主流のマッハ数によって大きく変化するので,これを基準に流れを分類することが行われる。一般に主流のマッハ数0.8以下を亜音速流,0.8~1.2を遷音速流,1.2以上を超音速流といい,とくに5以上を極超音速流という。なお,遷音速流は物理的には亜音速流と超音速流の共存する流れと定義される。

 物体の先端では流れがせき止められるので,運動エネルギーが熱エネルギーに変換される。流れの速度が低く亜音速の場合はあまり問題にならないが,超音速でマッハ数が大きくなると非常に大きな温度上昇を起こし,物体が加熱されることがある。この現象を空力加熱という。生ずる温度上昇はマッハ数の2乗に比例して増加し,例えば,成層圏を飛行する場合,マッハ2で約100℃,マッハ3では約300℃になる。

 亜音速流と超音速流では性質がまったく異なる。この相違は断面積の変化する管の中を気体が流れるときにはっきりと現れる。亜音速の流れでは流れ方向に管の断面積が増加すると速度は減少して,圧力と密度は増加する。また,流れ方向に断面積が減少すると速度は増加し,圧力と密度は減少する。亜音速の流れでは,管の断面積と速度の関係は川の流れにおける川幅と速度の関係と同じである。これに対して超音速の流れではまったく逆のことが起こる。すなわち,断面積が増加すると速度は増加して,圧力と密度は減少し,断面積が減少すると速度は減少して,圧力と密度は増加する。

高速気流をつくるには流れの方向に断面積の減少する管を使えばよいが,これでは音速以下の流れしか得られない。音速以上の流れを得るためには中央部がくびれた管を使い,亜音速流を一度絞って音速まで加速し,これを膨張させる。このような管をラバル管または収れん-発散ノズルと呼んでいる。もちろん,このような管を使っても管の上流側と下流側に適当な圧力差がなければ超音速流は得られない。また,所要のマッハ数の気流を得るためには,管の断面積比を必要な値にしなければならない。なお,高速気流をつくる方法については〈風胴〉の項目も参照されたい。

高速気流の研究の歴史をみると,超音速流が比較的早くから研究されている。これは実際問題において亜音速流よりも顕著な現象を呈するためと思われる。超音速流の研究は19世紀の後半より蒸気タービンのノズルや弾丸の飛翔(ひしよう)に関して始められた。マッハ数という名称は,弾丸から発生する衝撃波について研究したオーストリアの物理学者E.マッハにちなんでつけられたものである。衝撃波に関する理論では,1870年にスコットランドのW.J.M.ランキンが,また87年にフランスのユゴニオHenri Hugoniot(1851-87)が,それぞれ独立に衝撃波前後の圧力と密度の関係を与える式を導いた。これは現在,ランキン=ユゴニオの関係式として知られている。1907年にはドイツのL.プラントルらが物体の角をまわる超音速流の膨張に関して理論を展開した。その後,高速気流の研究は主として航空機の高速化と密接な関係のもとに発展し,35年には翼の臨界マッハ数を高める方法として後退角をつけることが提案されたのをはじめ,52年,遷音速における断面積の法則の発見など,多くの成果が得られている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「高速気流」の意味・わかりやすい解説

高速気流
こうそくきりゅう
high-speed flow

流れの速さが流体中の音波の速さと同程度であるか,またはそれ以上である流れをいう。このような流れでは,流れに伴う密度変化の影響を考慮しなければならないので,流体を圧縮性流体として取り扱う。高速気流の性質は,流れの速度と音速との比であるマッハ数 M の値によって著しく変わる。一般に,流速も音速も場所によって異なるから,M の値もまた場所とともに変わる。流れの中のいたるところで M<1 である流れを亜音速流,いたるところで M>1 である流れを超音速流,そして流れの中に亜音速の領域と超音速の領域がどちらも存在する流れを遷音速流という。また,超音速流のうち,M が約 5以上の流れを極超音速流という。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「高速気流」の意味・わかりやすい解説

高速気流
こうそくきりゅう
high speed airflow

高速度と低速度の明確な境界はつけにくいが、航空機ではその高度における音の速度の70%以上の気流をいうのが普通である。空気は、流速が遅い場合には、粘性も圧縮性もない理想流体と考えてよい。しかし高速になると、粘性や圧縮性の影響を考慮して現象を解明しなければならなくなる。つまり流速が音速の70%(マッハ0.7)を超えると、その影響が顕著になるためである。

[落合一夫]

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世界大百科事典(旧版)内の高速気流の言及

【流れ】より

…このようにReが小さいときの整然とした流れ(層流)が,Reの増加とともに不規則に変動する流れ(乱流)に移行するのは,移行のしかたこそ異なれ,流れの一般的な特徴であり,O.レーノルズが円管の中の乱流について初めて明らかにした(1883)ものであるが,その移行は同心回転円筒間の流れ(テーラーの流れ)や熱対流のほうがゆるやかでわかりやすい。
[気体の流れ]
 高速の気体の流れ(高速気流)では,速度の変化による圧力の変化が大きくなると密度一定と考えることができなくなる。音速をcとするとき,マッハ数MU/cがその目安であって,Mが小さければ気体でも密度変化を無視できるが,Mが大きくなると,流れの速度が遅くても物体の近傍に局所的に超音速の領域が形成されるようになる。…

※「高速気流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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