食料・農業・農村基本法(読み)しょくりょうのうぎょうのうそんきほんほう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「食料・農業・農村基本法」の意味・わかりやすい解説

食料・農業・農村基本法
しょくりょうのうぎょうのうそんきほんほう

食料農業および農村の各分野にわたる政策の基本理念と基本方向を明らかにするために策定された法律(平成11年法律第106号)。1961年(昭和36)に制定された農業基本法にかわる新たな基本法として、1999年(平成11)7月16日に公布・施行された。

山本 修]

策定の背景

1990年代に入って、日本農業をめぐる状況は大きく変化した。日米農産物貿易交渉の妥結に伴うオレンジ・牛肉の輸入自由化(1991年)、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意案の受諾に伴うミニマムアクセス(最低輸入義務)による米の輸入解禁(1995年)と、農産物輸入関税の引下げなどの措置によって農産物の輸入は急増し、日本のカロリーベースでの食糧自給率は、1980年代の50%台から1997年には41%へと大きく低下した。食糧管理法にかわる食糧法(正式名称は「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」)の施行(1995年)によって、米の価格・流通に関する政府の規制は大幅に緩和されたが、米供給の潜在的過剰圧力は強く、減反政策が強化された。一方、農業の担い手の脆弱(ぜいじゃく)化が進行し、とくに条件が不利で、過疎化が進む中山間地の農業は衰退した。ただ、少数ではあるが企業的感覚をもつ個人経営や法人経営が出てきた。さらに国民の意識の変化に伴って、農業のもつ食料の安定供給機能に加えて、環境保全機能、国土保全機能、景観保全機能といった多面的機能への認識が深まってきた。

 このような情勢変化のなかで、政府および農業団体の間で農業基本法を見直そうとする機運が高まった。1997年(平成9)に内閣総理大臣諮問機関として、農業団体、財界、産業界、消費者、学識経験者20名からなる「食料・農業・農村基本問題調査会」が設置された。この調査会は1998年に答申を提出したが、この答申の趣旨を尊重するかたちで新しい基本法案が策定された。

[山本 修]

新基本法の内容

旧基本法では農業政策の目標として、「農業と他産業との間にある生産性格差の是正」と「農業従事者と他産業従事者との所得の均衡」をあげていたのに対し、新基本法では政策の基本理念として、
〔1〕食料の安定的供給の確保
〔2〕農業のもつ多面的機能の発揮
〔3〕農業の持続的発展
〔4〕農村の振興
の四つが掲げられた。以下、この基本理念と、それに基づく基本的施策のおもなものを述べる。

〔1〕食料の安定的供給の確保
(1)国内農業生産の増大を図ることを基本とし、これに輸入と備蓄とを適切に組み合わせることが基本理念とされ、基本計画のなかに国内生産および食料消費に関する指針として、その向上を図ることを旨とした食糧自給率の目標を設定することが定められた。

(2)消費者重視の食料政策という視点から、安全・良質な食料の合理的な価格での供給や食品表示の適正化などが規定された。

(3)不測時の食料安全保障対策として、最低限度必要な食料確保のために、食料の増産、流通の制限などの措置をとることが規定された。

〔2〕農業のもつ多面的機能の発揮
国土の保全、水源の涵養(かんよう)、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承などの多面的機能について、将来にわたり適切かつ十分に発揮されなければならないとされた。

〔3〕農業の持続的発展
(1)旧基本法で目標とされた家族経営の自立経営化にかわって、効率的で安定的な農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造を確立するため、専業で経営意欲の高い家族経営の活性化と並んで農業経営の法人化(株式会社を含む)の推進が掲げられた。

(2)農業の自然循環機能の維持増進を図るための環境保全型農業の推進が規定された。

(3)旧基本法での農業の不利を是正するための価格安定策(価格支持政策)にかわって、価格は需給事情および品質評価を適切に反映して形成されることとされ、価格暴落時には経営安定のための所得安定対策をとることとされた。

〔4〕農村の振興に関する施策
 このなかでは、とくに多面的機能の発揮の観点から条件の不利な中山間地域などの農業生産を維持するための支援策(直接所得補償を含む)を講じることが規定された。

 また、これらの理念に則した政策の総合的、計画的推進を図るため、5年ごとに基本計画を策定することとされ、それの国会への報告と公表が義務づけられた。

 新しい基本法には、市場原理に基づく農業競争力の強化という考え方と、食糧自給率目標の設定にみられる農業保護的な考え方とが混在している。政府は1999年(平成11)から米の関税化に踏み切ったが、2001年から始まったWTO(世界貿易機関)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)のなかで、米のいっそうの関税率引下げを迫られている(2008年末現在交渉は合意に至っていない)。厳しい国際環境のなかで、食料・農業・農村基本法下の農政は、食糧自給率の向上と大規模経営の育成という困難な課題を抱えることになるであろう。

[山本 修]

『農政ジャーナリストの会著『日本農業の動き 食料・農業・農村基本法の課題』(1999・農林統計協会)』『食料・農業・農村基本政策研究会編著『食料・農業・農村基本法解説』(2000・大成出版社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

農林水産関係用語集 「食料・農業・農村基本法」の解説

食料・農業・農村基本法

国家社会における食料・農業・農村の位置付けを明確にするとともに、新たな基本理念の下に講ずべき施策の基本方向を明らかにする法律として、農業基本法に代わって、平成11年7月に制定された。
基本理念として[1]食料の安定供給の確保、[2]多面的機能の発揮、[3]農業の持続的な発展、[4]農村の振興を定めるとともに、この実現を図るため、食料・農業・農村基本計画を策定することや、食料・農業・農村のそれぞれの分野について講ずべき施策を定めている。

出典 農林水産省農林水産関係用語集について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「食料・農業・農村基本法」の意味・わかりやすい解説

食料・農業・農村基本法
しょくりょう・のうぎょう・のうそんきほんほう

平成11年法律106号。農業基本法に代わる農業政策の基本法。食料,農業および農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し,国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展をはかることを目的に基本理念と基本計画を定め,国と地方公共団体の責務を明らかにする。食料の安定供給などを農政の基本とし,食料自給率目標などの基本計画の策定,食料・農業・農村政策審議会の設置などを定める。

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