頭部外傷・脊髄外傷

内科学 第10版 「頭部外傷・脊髄外傷」の解説

頭部外傷・脊髄外傷(感染症)

 厚生労働省による人口動態統計「国民衛生の動向」,総務省による「救急医療に関する報告書」,「交通安全白書」などから推測すると,頭部外傷を主たる原因とする死亡数は,年間約12000~15000人程度と推測される.
病態生理・分類
 頭部外傷はその受傷機転により,尖った物体が刺さるなどの穿通性(penetrating)外傷と道路に衝突するなどの鈍的(blunt)外傷とに分けられる.脳への感染の危険性という観点から,硬膜より深部に外傷が及べば開放性損傷,硬膜が損傷を免れていれば非開放性損傷である.穿通性外傷は開放性損傷であることが多い.
 また,鈍的外傷の場合,脳損傷の生じる機序には2つあり,1つは頭蓋への直接的外力による外傷であり,もう1つは加速度ないし慣性の法則による外傷(acceleration-deceleration injury)である.これは,頭部が壁や道路に衝突する,またはボクシングで殴られる,鞭打ちのような外力を受けるなどにより,直進性ないし回転性の加速・減速が脳実質損傷を引き起こすものである.前者では,衝撃(直接的外力)を受けた側の脳実質に生じた著しい陽圧により,その部位に挫傷(coup injury)が,またその反対側では逆に著しい陰圧により同様の病変(contrecoup injury)が生じる.後者においては,脳の歪み(shearing injury
)がびまん性脳損傷を生ずるとされる.実際にはこれらの機序が複合した状況にある. 時系列で考えれば頭部外傷の病態は,直接外力により生じる一次性損傷と,受傷後に時間の経過とともに全身的な因子の影響を受ける二次性損傷とに分けられる(表15-15-1).また頭部外傷の種類についての最近の考え方は,脳損傷の生じる機序にかんがみて,局所性損傷とびまん性損傷に大きく分類される(表15-15-2
).実際にはこれらが混在していることが多い.
1)軟部組織の損傷:
成人において,頭皮の外傷はそれ自体が問題となることは少ない.小児の頭皮は,成人に比し進展性,弾性に富み,開放創は生じにくいが,腱膜と骨膜,骨膜と骨との間が疎であり,帽状腱膜下血腫,骨膜下血腫が生じやすい.小児では著しい貧血を生じたり,頭皮の開放創のみで出血性ショックをきたすこともあるので注意する.
2)
頭蓋骨骨折:
a)円蓋部:円蓋部に頭蓋骨骨折があればその約2/3に頭蓋内病変を伴うとされる.外力が小さければ,線状骨折のみである.大きな外力が加われば打撃部位を中心とする円形線状骨折と放射状の線状骨折が生じる.打撃を受けた面積が相対的に小さければ,陥没骨折となる.
b)頭蓋底部:頭蓋底骨折は,円蓋部の骨折が頭蓋底部に延びて生じることがあるが,それとは別に頭蓋底骨折のみが頭蓋底の孔をつなぐように生じることも多い.髄液鼻漏ないし同耳漏により,頭蓋内に感染が波及すれば髄膜炎,硬膜下膿瘍,脳膿瘍を合併し得る.これら以外に,嗅覚(篩骨)・視覚(視神経管),聴力,前庭神経・顔面神経(錐体骨)の各脳神経障害が合併する可能性もある.外転神経(斜台)や下位脳神経(大孔周囲,頸静脈孔縁)の損傷も起こりうる.いわゆる眼瞼皮下出血(black eye)またはパンダの目(raccoon eye)徴候は前頭蓋底の骨折,Battle徴候(耳介後部の皮下出血)は中頭蓋底(錐体骨)の骨折をそれぞれ示唆する.内頸動脈と海綿静脈洞との交通が生じると,外傷性内頸動脈海綿静脈洞瘻となる.
3)頭蓋内血腫などの局所性損傷:
a)急性硬膜外血腫:中~後硬膜動脈ないし静脈洞を横切る骨折により出血し生じる.意識清明期を経てからの意識障害が典型的な症状としてよく知られているが,意識清明期のはっきりしない場合もある.CTでは,両凸レンズ型の高吸収域が特徴である(図15-15-1
).
b)急性硬膜下血腫:加速・減速に伴って橋静脈(脳表面と硬膜のズレ)や,小皮質動脈(脳皮質の出血性挫傷)の破綻,脳内血腫の脳表面への破裂などが原因となる.典型的なCT所見は三日月状の高吸収域である(図15-15-2
).
c)脳内血腫:急性に生ずるものは深部の血管の破綻による.しかし,脳挫傷に伴う挫傷性出血の融合により時間を経て生成されるものもあり,受傷後6~12時間以上してから,挫傷脳を基盤にして,CT上の高吸収域の占拠性病変が生じる(遅発性外傷性脳内血腫,delayed traumatic intracerebral hematoma
). d)脳挫傷

脳実質の挫滅(出血,浮腫,壊死)が限局性(前頭葉・側頭葉底面など)または広範に生じたもので,やはり脳実質の加速・減速の機序による.
4)びまん性脳損傷:
a)脳震盪

びまん性脳損傷の最も軽症な型である.一過性の意識消失と外傷前後の健忘(逆行性健忘,外傷後健忘)が特徴的な症状である.痙攣,顔面蒼白,徐脈,低血圧をきたすこともあるが,間もなく正常に復する.脳幹網様体から大脳に投射する上行性網様体賦活系に一時的な障害が生じているものと思われ,6〜
24時間以内に完全に回復するものをいう. b)びまん性脳損傷(diffuse brain injury):基底核部,脳梁ならびに脳室内の出血,または脳幹部損傷を指し,より重症である.回転加速度により,脳室周辺,脳梁,脳幹に挫傷や出血が引き起こされる. c)びまん性脳腫脹
(diffuse brain swelling):同様の機序により,脳幹青斑核ないし網様体への刺激により,脳循環血液量の増加,毛細管透過性亢進が起こり,脳腫脹脳浮腫が一側または両側大脳半球に生じるものと推測される.
d)びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury): びまん性脳損傷のうち,病理学的に白質の神経軸索のびまん性損傷(retraction ball)が特徴的で,臨床像はまさに「一次性」脳幹部損傷と見なすことができる.CTでは,脳梁,上小脳脚付近の高吸収域がよくみられる.確定診断はMRIによる.びまん性軸索損傷それ自体は頭蓋内圧を亢進させる要素を含まない.
5)
慢性硬膜下血腫:
受傷3週間以上を経て,硬膜下に血液が貯留した病態である.硬膜下水腫様の所見から高吸収域に転じる場合もある.大酒家の男性に多く,60歳以上が約半数を占める.軽微な外傷の既往歴を聴取するが,外傷歴が明瞭でない場合も多い.CTでは三日月状の低吸収域,または重層した高・低吸収域が認められる.CTで等吸収を示す場合(mass effectのみ)はMRIを用いるか,または造影剤を用いたCTにて,血腫またはその辺縁(被膜)の増強効果(contrast enhancement)を確認する.
治療
 治療はおのおのの一次性損傷に対する固有の治療法と,二次性損傷に対する一般的治療法とを行う.
1)頭部外傷患者の初期治療:
交通外傷や高所からの転落外傷においては,特に低酸素血症・高炭酸ガス血症・ショックを防ぐために,外傷初期診療ガイドライン日本版Japan advanced trauma evaluation and care(JATEC)の外傷初期診療の手順に従い,①気道の確保,②酸素の投与,③呼吸の補助,④外傷による外出血と内出血の制御,⑤その他の合併外傷への処置を行う.これらと並行して,①意識水準,②瞳孔の左右差,③運動麻痺の有無などを迅速に確認する.気管挿管は一般的に経口的に行われるが,頸椎ないし頸髄損傷が否定できないときにはファイバー下に行う.
2)一次性損傷の治療:
頭蓋内血腫がmass effectを有する場合には,穿頭術または開頭術により血腫除去術を行う.頭蓋底骨折に伴う視神経損傷は神経減圧手術の適応となり得る.髄液漏については優先的に感染対策が必要となる.一次性の脳実質損傷については,受傷と同時にほぼ完成される病変であり,手術的治療を除けば治療の優先度は低い.
3)二次性損傷の治療:
二次性損傷の本質は,脳ヘルニアと脳組織の低酸素・虚血である(表15-15-1).治療としては持続的頭蓋内圧測定,占拠性病変の除去,髄液ドレナージ,高浸透圧療法,過換気療法,低体温療法,減圧開頭術が適宜選択される(図15-15-3
). 脳組織の虚血性障害については,脳灌流圧(平均動脈圧と頭蓋内圧との較差)の維持と脳自動調節能の正常化が基本である.脳灌流圧は70 mmHg以上に維持すべきであるが,自動調節能の障害が強い症例では血圧を上げると,頭蓋内圧も上昇し,これを維持できない可能性が高い.
重症度・予後判定
 頭部外傷の重症度・予後はさまざまな因子により左右される.
1)神経症状:
来院時のGlasgow Coma Scale(GCS)とmortality,
morbidityとはよく相関している.両側の対光反射がなければ約80~90%,片側異常で50~60%が死亡ないし植物状態となる.
2)年齢:
60歳をこえると治療結果は急速に悪化する.
3)その他の予後悪化因子について:
CT所見によれば,脳槽の圧排ないし消失,さらに5 mm以上の正中偏位は所見のないものに比し死亡率が高い.頭蓋内圧,脳灌流圧などの循環動態の推移では,頭蓋内圧20 mmHg以上は治療を要し,40 mmHg以上ないし脳灌流圧40 mmHg以下は最重症と見なされる.聴性脳幹反応上V波の延長,消失,体性感覚誘発電位にてN20の延長,消失も最重症と見なされる.ショック,低酸素症も予後悪化因子として知られるが,収縮期血圧80 mmHg以下,PaO2 60 mmHg以下は重症とみて対処すべきである.
 このほか,死亡の可能性がより高い場合として,急性硬膜下血腫があること,びまん性脳損傷があること,他部位損傷など解剖学的な重症度がより高いこと,患者が男性であることがあげられる.
頭部外傷後の長期にわたる諸問題
1)
外傷性てんかん:
受傷後1週間以上経て生じるてんかんを指し,その頻度は,成人で1%以下,小児で1~2%とされる.受傷後2年以上経て発症する外傷性てんかんの比率はきわめて少ないので,これについての追跡は2年間でほぼ十分といえよう.
2)心理学的支援の重要性:
長期予後の追跡により,知的~情動面での障害が残る例があることが指摘され,「脳損傷による高次脳機能障害」として交通事故などによる賠償の問題としても注目されつつある.典型的には認知障害と性格・人格変化とが家庭ないし社会復帰にあたり問題となる.
概念
 交通事故,高所からの転落,スポーツ外傷など,種々の原因による.胸腰部では長軸方向の外力が,頸部では過屈曲ないし過伸展が主たる機序として知られる.
診断・初期治療
 脊椎外傷は椎体圧迫骨折,椎体破裂骨折,脊椎脱臼,脊椎脱臼骨折,脊椎突起骨折,脊椎捻挫に分類される.脊椎脱臼では脊椎損傷を伴わないこともあるが,脊椎脱臼骨折では通常合併する.
 頭部外傷と頸椎・頸髄損傷の合併は報告によって1.2~19%とばらつきがあるが,頭部外傷のために意識障害があったり,他臓器損傷でショック状態にある場合などに,それが否定されるまでは頸髄損傷を含めた脊髄損傷の可能性を念頭におき移動にあたっては脊柱を中間位として体幹と一体にして扱う.
1)脊髄損傷時のバイタルサイン:
C4より頭側の損傷にて,無呼吸または胸鎖乳突筋,僧帽筋の動きのみとなり,C5からC8の損傷では肋間筋が麻痺し,横隔膜のみの腹式呼吸となる(図15-15-4).脊髄性ショックは高位からの交感神経遮断により,受傷レベル以下の心血管系の代償反応喪失によって生じる.Th1~L2の交感神経遮断により一般的に収縮期血圧60~80 mmHgで,しばしば患者の移送ないし体位変換時にショックが生ずる.C8以上の脊髄損傷においては,同約40 mmHgの著しい低血圧と特にTh1~Th4から心への交感神経の遮断による徐脈とが特徴的である.
 多発外傷例において出血性ショックを伴うことがある.60/分以下の徐脈であれば脊髄性ショックを,100/分以上の頻脈であれば出血性ショックを疑う.脊髄損傷に伴うショックの病態は神経原性ショックであるので,肺浮腫,不整脈を伴うこともある.
2)神経学的所見:
損傷レベル,完全麻痺か不全麻痺か,さらに,脊髄前部,中心性,半切(Brown-Séquard症候群),脊髄後部障害かを判定するために表在ならびに深部感覚,運動障害,錐体路徴候をみる.sacral sparingは不全麻痺を知るのに役立つ.意識障害患者において,肛門反射,球海綿体反射のチェックは簡便で有用である.
3)画像診断:
椎体の配列,変形,ならびに棘突起間や椎体前面の軟部組織の拡大をみる.中心性脊髄損傷はしばしば骨傷が認められないことが特徴とされ,その際,咽頭後壁と頸椎椎体前面との距離(正常は7 mm以下),気管後壁と頸椎椎体前面との距離(正常は成人22 mm,小児14 mm以下)の拡大があれば,頸椎に強い外力の加わった傍証となる.また,外傷以前に存在する脊椎管狭窄症,変形性脊椎症などが病態に関与することは決して少なくない.脊椎3D-CT,MRIが有用である.
外科的および内科的治療
 神経原性ショックに対しては,適度の輸液,カテコールアミンの投与が必要となり,徐脈に対し,アトロピンが用いられる.頸椎脱臼骨折などがあれば脊髄の二次性損傷を予防するために,早期に頭蓋牽引法により整復を試みる.不全麻痺でこれが進行性であれば,できるだけ速やかに脊髄の除圧術を行う適応となる.脊髄への圧迫,脊髄自体の腫大がなければ減圧術の必要はないが,不安定損傷に対して内固定または外固定を行う.これにより早期からのリハビリテーションを計画する.脊髄浮腫に対する薬物療法では,マンニトールなどの浸透圧利尿薬が知られている.
合併症
 呼吸器・尿路感染症,褥瘡,深部静脈血栓症,肺梗塞,麻痺性イレウスなどが知られている.[三宅康史・有賀 徹]
■文献
重症頭部外傷治療・管理のガイドライン改訂第3版.神経外傷,医学書院,東京,2013
.日本外傷学会外傷初期治療ガイドライン改訂第4版編集委員会:外傷初期診療ガイドライン.JATECTM改訂第4版,へるす出版,東京,2012.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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