音声記号(読み)おんせいきごう

精選版 日本国語大辞典 「音声記号」の意味・読み・例文・類語

おんせい‐きごう ‥キガウ【音声記号】

〘名〙 言語の発音を音声学的に示すための記号。普通[ ]に入れて示す。各言語の表記法はその音声を厳密に反映しないので、それに代わるものとして工夫された。言語音の記述や外国語習得のために使用される。国際音声記号が有名。音標文字発音記号発音符号

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デジタル大辞泉 「音声記号」の意味・読み・例文・類語

おんせい‐きごう〔‐キガウ〕【音声記号】

言語音を音声学的に表記するための記号。字母記号と非字母記号とに大別される。発音記号。発音符号。表音記号。音標文字。

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改訂新版 世界大百科事典 「音声記号」の意味・わかりやすい解説

音声記号 (おんせいきごう)

言語音声を表す記号。発音符号,発音記号,音標文字ともいう。ある調音活動によって発せられる音声の最小単位を単音phoneと呼び,この単音を表すのが音声記号である。この場合二つの方式がある。代表的単音に一つの記号を割り当てる字母的表記と,単音をその調音の要素に分解して表す非字母的表記に大別できる。

字母的表記では国際音声学協会の定めた国際音声字母International Phonetic Alphabet(略してIPA)がもっとも広く用いられている。これは世界中の諸言語の音声を統一された規格で表記することと,外国語の習得に役立つことを目的としている。表の国際音声字母表では,調音の方法を示す縦の区分と調音の位置を示す横の区分とが交差した枠の中に,音価を表す音声記号が配置されている。IPAはフランスの音声学者P.パシーが設立した国際音声学協会において1888年に採択されたもので,その後少しずつ修正が加えられてきた。記号はラテン文字を主体とし,これにギリシア文字などで補足されている。これら記号に音の強さ,高さ,長さを表す符号を付したものを簡略表記broad transcriptionとし,さらに他の補助記号を添えて音声の細かい違いを表したものを精密表記narrow transcriptionという。後者は言語学の専門的研究のために使用される。例えば,英語のeighth〈第8〉は,簡略表記ならば[eitθ]であるが,精密表記になると[eθ]と,[t]音が歯音[θ]に引き寄せられて歯の裏で調音されるため歯音化の補助記号がつけられ,母音[i]より低めの変種]が用いられている。なお,アメリカやヨーロッパの言語学会では,特定の言語の音声を表記するため別種の音声記号を使用することがある。アメリカの言語学関係者は有声摩擦音[ð]を[]で,無声硬口蓋歯茎摩擦音[ʃ]を[š]で表している。またロシアではロシア文字が利用され,[p]を[],[b]を[ɕ]としるしている。

 このほかに特別な記号を字母的に用いたものにH.スウィートの器官的記号がある。彼は前舌高母音[i]に,中母音[e]に低母音にɭの記号をあて,閉鎖音[p]を,[t]を,[k]をと表している。さらに高めを,低めを,後よりをのような補助記号で指示している。例えば,英語のtake[teik]〈とる〉は,と表記される。これにより音声の多様な変種を細かく表すことはできるが,印刷にも手がかかるし,記憶するのも容易でない。

音声の分析的表記としては次の3種がある。

(1)非字母的記号 デンマークの音声学者O.イェスペルセンはある音声を発する場合に見られるすべての発音器官の動きを記述しようとしている。彼は上顎に付着する上位調音器官にラテン文字を振り当て,bで上唇,dで上歯の先,fで歯茎を表し,下顎に付着する下位器官にはギリシア文字を用い,αで下唇,βで舌先,γで舌面,δで軟口蓋,εで声帯を表すこととし,上位と下位の記号の間に数字をはさんで両者の接近の度合を示すことにしている。例えば,歯茎音の[t]はα”β0fγ”δ0ε3ζ+と表記される。これは,α(唇)は動かず(”),β(舌先)とf(歯茎)の間で0(閉鎖)が形成され,γ(舌面)は働かず(”),δ(軟口蓋)は咽頭壁に0(接触し)空気を鼻腔へ通さない,ε(声門)は3に開いて声帯は振動せず無声,ζ(肺)から+(呼気)が送られてくることを意味する。この非字母的記号は諸言語の類似した音声の違いを示すのに便利である。例えば,[s]音であるが,フランス語では舌先が前歯に触れるのでβ1ef,ドイツ語では少し後へずれてβ1fe,英語では歯茎を用いてβ1fのように比較できる。そこで,音声学の研究書はこの表記方式を部分的に用いているが,音声連続を表すのには適していない。

(2)機能的非字母記号 アメリカの音声学者K.パイクは,ある音声を調音するときの構えにおいて気流がどの器官にどのように作用するかを分析している。例えば,[t]音はMaIlDeCVveIcAPpaatdtltnransfsSiFSsと記述される。これは,発音源となる発出機構(M)が気流(a)であり,その起こし手(I)は肺(I)であること,気流の方向(D)は呼気(e)により,調節機構(C)としては弁的狭窄(V)すなわち軟口蓋(v)が上がって鼻腔通路を閉じ,食道通路(e)もふさがっていて口腔内に空気がこもる。気流をさえぎる度合(I)は完全閉鎖(c)で,重要調音(AP)としての調音点(p)は歯茎(a)で下位調音器官(a)は舌先(t)による。調音の程度(d)は長さが長く(tl),調音の様式(t)は尋常(n)であり,調音運動の相対的強さ(ra)も尋常(n)で,下位器官の形(s)は扁平(f)に伸びている(s)。単音(S)としては聞こえず(i),音節中における単音としての機能(FS)は音節形成的子音類(s)である。この方式は調音の機構を多角的に分析してはいるが煩雑に過ぎるきらいがある。

(3)生成音韻論では,単音を調音的音声特徴に分解し,各特徴の有(+)無(-)による行列式の形で表す方法がとられている。図1,図2にみる規準により,舌先を用いるものが[+舌頂的](+coronal),用いないものが[-舌頂的](-coronal)とされ,歯茎より前の器官を用いるものが[+前方的](+anterior),硬口蓋歯茎より後の器官を用いるものが[-前方的](-anterior)と区分される。母音では,前舌が[-後](-back),後舌が[+後](+back),そして高母音が[+高](+high),低母音が[+低](+low)の特徴をもつ。さらに母音的vocalic,子音的consonantal,円唇round,張りtense,こえvoice,鼻音nasalの特徴が認められ,継続的continuantの特徴が加えられる。継続的でない[-continuant]は閉鎖を行う音のことで,摩擦音や母音は[+continuant]に属する。以上の特徴をもつものを+,もたないものを-で表して一覧表を作れば図3のようになる。こうした音声表記が生成音韻論の分析に用いられている。要するに各音声は本来こうした音声特徴の集合であって,いずれかの特徴の+と-の違いにより音声は相互に区別できるはずである。したがって,音声はひとつの字母記号によって代表されるべきものではないとしている。
音韻論 →音声学
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「音声記号」の意味・わかりやすい解説

音声記号
おんせいきごう
phonetic sign
phonetic symbol

言語音は時々刻々と変化する動的現象である。したがって、これを保存するためには、記号を用いて記述しなければならない。しかし、たとえばイギリスの文学者バーナード・ショーが、rough, women, stationの各下線部だけをつなぎ合わせれば、英語のfishを“ghoti”と綴(つづ)ることができると冗談を飛ばしているように、日常用いられている正書法上の文字は、前後の脈絡によっていろいろな音価を有するのが一般であるため、1音1文字の対応関係が成立しない点で甚だ不便である。そこで、正書法上の文字とは異なる次元で、言語音を音声学的に記述および分析するために用意された記号を音声記号といい、通常これを[ ]内に入れる。

 音声記号にはこれまで数多くの考案がなされてきたが、ほぼ非字母記号と字母記号に大別される。前者にはイェスペルセンO. Jespersenの『Lehrbuch der Phonetik』(1913、1926)やパイクK. L. Pikeの『Phonetics』(1943)などがあるが、1単音を構成すると目される個々の調音要素に記号が対応しているため、たとえば[t]は、イェスペルセンに従うと、α,,βOfγ,,δOε3ζ+となり、一方パイクに従えば、MaIlDeCVveIcAPpaatdt1tnransfsSiFSsのようになって、きわめて煩雑である。このため、1単音の精密な表記には適していても、単音の連続を記述するのには適さない。これに反して後者では、ほぼ1記号が1単音と対応するようにつくられているだけでなく、音の量的変化(長短、高低、強弱など)をも記述できる点で、きわめて実用的である。そのため、古来多くの人人によってローマ字など既存の文字表記に近いものから、ベルAlexander Melville Bellのvisible speech(1867)に代表されるような特殊な記号を用いるものまで、千差万別の記号が生み出されてしまった。

 国際音声字母(IPA)は、このような状態を整理して、あらゆる言語に共通する記述方式の樹立を提案したイェスペルセンのパシーP. Passyあてへの書簡が公表されたのを契機として成立したもので、公式には1888年8月に国際音声学協会の機関誌に発表されたものをもって嚆矢(こうし)とする。この表記法の原点は、1899年以降に登場したエリスA. J. Ellis考案のpalaeotype、およびこれを発展させたスウィートH. Sweetのromicにあるが、いずれもローマ字を中心とした簡素な記号でまにあわせている点に実用的価値がある。このため、以後IPAはもっとも普及した音声記号となっている。

 IPAには、外国語教育、正書法の制定ならびに改訂などの実用的見地から定められた「簡略表記」と、学問的レベルで微妙な差異までも可能な限り多種の補助記号を用いて記述し分ける「精密表記」との区別がある。ただし、過度な精密表記は、かえって言語音の本質を見失うおそれがあり、この省察から音韻論が誕生した。日本では日本音声学会がこの記号の普及に努めたため、外国語教育をはじめ、広く学界に用いられている。ただしロシア語および英語関係の一部ではこれに従わず、正書法をもとにした独自の表記がいまでも盛んに行われている。

 なお、今後の課題としては、(1)単音の認定基準ならびに異なる単音に対する同一記号の充当、(2)従来の調音面偏重主義に徹した分類基準に対する音響的、聴覚的、機能的側面からの是正、(3)調音明瞭(めいりょう)度をはじめとする応用音声学的側面への配慮など、多くの問題が山積している。

[城生佰太郎]

『服部四郎著『音声学』(1984・岩波書店)』『城生佰太郎講・著、金田一春彦監修『音声学』(1982・アポロン音楽工業社)』『日本音声学会編『音声学大辞典』(1976・三修社)』

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百科事典マイペディア 「音声記号」の意味・わかりやすい解説

音声記号【おんせいきごう】

言語音を音声学的に記述するための記号。音標文字とも。原則として一つの音声(単音)に対応して一つの記号を用いる。大別すると,1.主としてローマ字を用いるもの(その代表的なものが国際音声字母),2.独自の記号を考案して用いるもの(たとえば米国の発音学者A.M.ベルの創案した記号),3.音声器官の働きを分析的に表したもの,がある。2.と3.は表記,記憶が容易でなく,3.は繁雑で文の表記には向かない。→音声学
→関連項目発音記号表記

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「音声記号」の意味・わかりやすい解説

音声記号
おんせいきごう
phonetic sign

言語音を音声学的に表記するための記号。発音記号などともいう。言語音の記述や研究のため,また教育や学習のために用いられる。その記号としての性格から大きく3種類に分けられる。 (1) 単音を主としてローマ字ないしロシア文字で表わすもの。原則として1単音を1字母で表わすので音声字母ともいう。国際音声字母に代表され,最も普通に用いられている。 (2) 単音を従来の文字とは異なる新しい記号で字母的に表わすもの。 A.ベルのビジブルスピーチや,H.スウィートの器官的記号などがある。 (3) 単音を発する際の音声器官の働きを,いくつもの記号を用いて分析的に表わすもの。 O.イェスペルセンの非字母的記号や K.L.パイクの機能的非字母的記号などがある。

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