非ユークリッド幾何学
ひゆーくりっどきかがく
non-Euclidean geometry
楕円幾何学(だえんきかがく)と双曲幾何学を総称して非ユークリッド幾何学という。ユークリッド幾何学の公理系のなかで、いわゆる平行線の公理の独立性が古くから疑問視されていたが、19世紀に入ってその独立性が証明され、2種類の新しい幾何学が建設された。ロバチェフスキーとボヤイによる双曲幾何学(1820年代)とリーマンによる楕円幾何学(1854)である。ユークリッド幾何学の公理系において、平行線の公理を「直線外の1点を通ってこの直線と交わらない直線が少なくとも2本存在する」で置き換えて得られる公理系が双曲幾何学を、また、「二直線はかならず交わる」で置き換えて得られる公理系が楕円幾何学を与える。ユークリッド幾何学を放物幾何学とよぶこともある。双曲幾何学と楕円幾何学をあわせて非ユークリッド幾何学とよばれているが、ユークリッド幾何学に非(あら)ざる幾何学は今日ではこの2種以外にたくさん存在するので、この名称は適当とはいえない。
非ユークリッド幾何学は歴史的には公理論的に構成されたが、現代的な見地では、非ユークリッド幾何学はリーマン幾何学の特殊な例ないしは典型的なモデルとみなされる。正の定曲率空間、すなわち球面(または射影空間)上のリーマン幾何学が球面幾何学(または楕円幾何学)であり、負の定曲率空間、すなわち双曲空間上のリーマン幾何学が双曲幾何学である。また、ゼロの定曲率空間、すなわちユークリッド空間上のリーマン幾何学がユークリッド幾何学である。公理論的構成法においては、直線、平面などの基本的な概念が無定義要素であるのに対して、リーマン幾何学の立場ではこれらは具体的に定義される。たとえば、直線は2点を結ぶ局所最短線、すなわち測地線として定義される。
各幾何学は次のような特徴をもつ。ユークリッド幾何学では、(1)いくらでも離れた2点がある。(2)測地線の長さは無限大。(3)2点を通る測地線はただ1本。(4)いわゆる、平行線の公理が成り立つ。(5)三角形の内角の和がπ。
球面幾何学では、(1)任意の2点間の距離には上限がある。(2)測地線は閉曲線で長さ一定。(3)2点を通る測地線はただ1本とは限らない。(4)2本の測地線はかならず交わる。(5)三角形の内角の和がπより大。
双曲幾何学では、(1)いくらでも離れた2点がある。(2)測地線の長さは無限大。(3)2点を通る測地線はただ1本。(4)測地線外の1点を通ってこの測地線と交わらない測地線が無数に存在する。(5)三角形の内角の和がπより小。
クラインの見地では、射影空間とそれに作用する正定値二次形式を不変にする射影変換全体のなす群によって決まる古典幾何学が楕円幾何学、球体とそれに作用するローレンツ型二次形式を不変にする射影変換全体のなす群で決まる古典幾何学が双曲幾何学である。
[荻上紘一]
『滝沢精二著『幾何学入門』(1967・朝倉書店)』
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非ユークリッド幾何学
ひユークリッドきかがく
non-Euclidean geometry
ユークリッドは,その幾何学を展開するにあたって,点Pと,それを通らない直線 l とが与えられた場合に,点Pと直線 l の定める平面上で,「Pを通って l と交わらない直線は1本,そしてただ1本だけ引ける」と仮定した。しかし N.ロバチェフスキーと J.ボーヤイとは,この公理の代りに「Pを通って l と交わらない直線は無数に引ける」と仮定しても,まったく矛盾のない幾何学を展開しうることを示した。これをロバチェフスキー=ボーヤイの非ユークリッド幾何学という。また G.リーマンは,ユークリッドの公理の代りに「Pを通って l と交わらない直線は1本も引けない」と仮定しても,まったく矛盾のない幾何学を展開しうることを示した。これをリーマンの非ユークリッド幾何学という。
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「非ユークリッド幾何学」の意味・わかりやすい解説
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「非ユークリッド幾何学」の意味・読み・例文・類語
ひ‐ユークリッドきかがく【非ユークリッド幾何学】
〘名〙 (ユークリッドは
Euclid) ユークリッド幾何学における平行線の公理を他の公理で置き換えて体系化された幾何学。置き換える公理によって、ボヤイ‐
ロバチェフスキーの幾何学とリーマンの幾何学との二種が成立する。
※相対性原理側面観(1922)〈
寺田寅彦〉「非ユークリッド幾何学の出発点が如何に常識的にをかしく思はれても」
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デジタル大辞泉
「非ユークリッド幾何学」の意味・読み・例文・類語
ひ‐ユークリッドきかがく【非ユークリッド幾何学】
ユークリッド幾何学の平行線公理を、他の公理に置き換えて体系化した幾何学。ボヤイ=ロバチェフスキー幾何学(双曲幾何学)・リーマン幾何学(楕円幾何学)など。これによれば、一直線外の一点を通りこれに平行な直線は1本とは限らず、三角形の内角の和は二直角にはならない。
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世界大百科事典 第2版
「非ユークリッド幾何学」の意味・わかりやすい解説
ひユークリッドきかがく【非ユークリッド幾何学 non‐Euclidean geometry】
〈平面上で,直線外の1点を通って,この直線と交わらない直線はただ一つ存在する〉という,いわゆる平行線公理が成り立つ幾何学をユークリッド幾何学と呼ぶ。これに対し,平行線公理が成り立たないような幾何学を非ユークリッド幾何学という。ユークリッド幾何学は前300年ころに書かれたユークリッドの《ストイケイア》によって確立されたが,非ユークリッド幾何学の誕生は19世紀においてであり,その間には長い苦渋の歴史があった。
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世界大百科事典内の非ユークリッド幾何学の言及
【幾何学】より
…これを継承して,シュタイナーJ.Steiner(1796‐1863)は二次曲線や二次曲面も射影的に扱えることを示し,A.F.メービウスやJ.プリュッカーは座標を導入して射影幾何学を解析幾何学として建設し,またシュタウトK.G.C.von Staudt(1798‐1867)はデザルグの定理を基としてそれを総合幾何学として建設した。
[非ユークリッド幾何学]
ユークリッドがあげた5個の公準のうち,第5番目のものは〈1直線が2直線と交わり,同じ側の内角の和が2直角より小ならば,2直線は限りなく延長するとその側で交わる〉と述べられている。この公準は他の公準に比べてすこぶる複雑で,その自明性に疑いがもたれた。…
【空間】より
…それは,空間関係を表現するための幾何学の多元性が認められたことである。空間関係は,ギリシア以来ユークリッドの幾何学によって一義的に記述されると考えられてきたが,19世紀に至って,非ユークリッド幾何学が出現して,空間関係の記述方法が幾通りもありうることが明らかになった。このことがのちに20世紀に入ってもう一つの空間概念の大きな変革を支えることになった。…
【数学】より
…上の仮定のもとでは三角形の内角の和は2直角より小さくなるが,球面幾何学と多くの類似点をもつ幾何学が構成されることが示されたのである。このように平行線の公理を否定した命題を仮定した幾何学を非ユークリッド幾何学といい,それに対して《ストイケイア》に見られるような幾何学をユークリッド幾何学という。ガウス自身大きな三角形について実測し,その内角の和と2直角との差を調べたが,それは誤差の範囲内にあって,現象空間でどちらの幾何学が成り立つかについての結論は得られなかった。…
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