日本大百科全書(ニッポニカ) 「離婚」の意味・わかりやすい解説
離婚
りこん
社会的に有効な婚姻関係を、生存中に解消すること。
民法上の離婚
民法上の離婚とは、婚姻届を出して結婚している夫婦が、その結婚を解消すること。結婚式をあげたが婚姻届を出していないうちにその結婚を解消することは、内縁離婚とよばれることがあるが、ここでいう離婚ではない。離婚は夫婦が話し合いで決定すべきことを原則とし(協議離婚)、夫婦の話し合いで離婚するかどうか決まらないときは、裁判所が関与して離婚するかどうかを決定することができる(裁判離婚または判決離婚という)ことになっている(民法763~771条)。
[石川 稔・野澤正充 2016年5月19日]
離婚の方法と種類
日本の民法や家事事件手続法によると、離婚の方法として協議離婚、調停離婚、審判離婚、判決離婚の4種類が認められている。
(1)協議離婚 夫婦が話し合いで離婚することを決め、離婚届を市区町村役場へ届け出ることによって離婚が成立する(民法763~765条)。このような手軽な方法で離婚ができるとする立法は、世界にもあまり類例のないもので、離婚要件を緩和しようとする世界的傾向からすれば、進歩的立法と称することができるが、他面この制度は、三行り半(みくだりはん)を書けばいつでも妻を追い出すことができるとされた江戸時代の離婚から尾を引いた追出し離婚を容認するものとして、明治時代以後も利用されてきた。家風にあわないという一事で、発言力のない妻の意思を無視して舅(しゅうと)・姑(しゅうとめ)が一方的に離婚を決めるというのがそれである。現在ではそのようなことは許されないし、夫婦双方が話し合って決めた離婚でなければ法律上有効な離婚とはいえない。もっとも、離婚届を出すという合意に基づき届出が行われれば、法律上離婚は成立する。また、離婚することにいったんは合意し、離婚届に印を押したが、その後気が変わったという場合に、まだ離婚届が市区町村役場に提出されていなければ、離婚届が提出されてきても受理しないでほしい旨を書面であらかじめ申し出ておくことができる。この書面を離婚届不受理申出書(俗に翻意届)という。不受理申出書が出ているときは、離婚届は受理されないから、離婚は成立しないことになる。
(2)調停離婚 夫婦間で離婚の話し合いがつかない場合や、財産上の問題、子供の問題が解決できない場合には、夫婦の一方から家庭裁判所へ調停を申し立てることができる(家事事件手続法244・257条)。調停は、裁判官1人と、原則として男女2人以上の調停委員とで構成される調停委員会で手続が進められ(同法247・248条)、夫婦双方の言い分を聞いたうえで、仲直りの余地があると判断されたときは、離婚しないで円満解決するような案が示されるが、どうしても離婚するよりほかないと判断される場合は、離婚案が示される。いずれの場合も、夫婦のどちらか一方が反対すれば調停は成立しない。夫婦の双方が調停委員会の示した案を受諾すれば、その内容は調停調書に記入され、調停は成立する。その調停調書は、裁判によって判決が確定した場合と同じ効力を有する(同法268条)。調停離婚が成立すれば、そのときに離婚は成立したことになるが、戸籍にその旨を記載するために、調停の成立した日から10日以内に報告的意味の離婚届を出さなければならない(戸籍法77条)。
(3)審判離婚 調停が成立しなかった場合、家庭裁判所は、必要と認めれば、双方のため衡平に考慮して、職権で申立ての趣旨に反しない限度で、離婚の審判をすることができる。この審判に対して、2週間以内に当事者から異議の申立てがないとき、または異議の申立てを却下する審判が確定したときは、離婚が成立する(家事事件手続法286・287条)。この場合にも、調停離婚同様、報告的意味の離婚届を出さなければならない。
(4)判決離婚 夫婦の一方が離婚に応じない場合は、離婚は前記(1)~(3)の方法では成立しないが、法律で定められた一定の事由(離婚原因)があれば、地方裁判所に訴えて離婚の判決をもらって離婚することができる(民法770・771条)。裁判離婚ともいう。
民法第770条の定める離婚原因は次のとおりである。
(1)配偶者に姦通(かんつう)などの不貞行為があったとき。
(2)配偶者が正当の理由なく同居せず、生活費を渡さないなど悪意で遺棄したとき。
(3)配偶者が行方不明で3年以上生死が明らかでないとき。
(4)配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないとき。ただし、その場合でも、病者の離婚後の療養・看護などについてできる限りの具体的方途を講じ、ある程度、前途にその方途の見込みがついたうえでなければ離婚を認めないというのが最高裁判所の判例である。
(5)その他婚姻を続けることができない重大な事由があるとき、すなわち、同居に耐えない虐待・侮辱をするなど、離婚請求の相手方に責任のある場合に限らず、結婚生活が破綻(はたん)して元に戻る見込みがないと判断されるときをいう。この最後の(5)は、いわゆる破綻主義を採用したことを宣言するものであって、夫婦双方の性格の不一致や愛情喪失などの無責的な理由によって結婚が破綻した場合にも離婚を認めるのである。ただし、夫婦の一方が不貞行為をするなど、自ら結婚の破綻を招いておきながら、結婚が破綻したことを理由に離婚を請求する、いわゆる有責配偶者からの離婚請求の場合には、夫婦の年齢および同居期間に対比して別居が相当の長期間にわたること、未成熟子(一本立ちしていない子供)が存在しないこと、離婚によって夫婦の一方が精神的・社会的・経済的にきわめて過酷な状態に置かれないこと、の三つの条件を満たすときに、離婚請求は認められるというのが、最高裁判所のとる立場である(最高裁判所大法廷判決昭62・9・2、民集41巻6号1423頁)。
[石川 稔・野澤正充 2016年5月19日]
離婚に伴う法律問題
(1)財産上の問題 夫婦が結婚前からもっていた財産(嫁入り道具など)は、当然、その人のものである(民法762条1項)。夫婦が結婚中に協力して取得した住宅その他の不動産、預金、株券などは、その名義のいかんを問わず、夫婦の共同所有とみるべきものであるから、離婚に際して清算することが認められる。これが、夫婦の一方が他方に対して有する財産分与請求権である(通常は無資産・無収入の妻から夫に対して請求されることが多い)。もっとも、財産分与には前記のような清算のほか、離婚後の生活に困窮する場合には、そのような者の生活扶助をさせるという意味をもたせる場合もある。財産分与は現物給付でも金銭給付でも、また一時払いでも分割払いでもかまわない。財産分与について話し合いがまとまらないときは、家庭裁判所へ申し立てれば、調停・審判で、その額と方法を定めてくれる。なお、財産分与は離婚後2年経過すると請求できない(民法768条)。
(2)慰謝料の問題 不貞行為や虐待など相手方の有責行為によって離婚せざるをえなくなり、そのことによって精神的苦痛を受けた配偶者は、相手方に対して慰謝料を請求することができる。もっとも、財産分与請求も同時に行っているときは、財産分与のなかに含めて処理されることも認められる。なお、慰謝料は通常、離婚後3年を経過すると請求できない(同法724条)。家庭裁判所の調停では慰謝料という名目をつけること自体が争点になることがあり、そのような場合には解決金という名目が用いられることがある。
(3)子供の問題 夫婦間に未成年の子がある場合には、父母のどちらを親権者とするかを決めなければならない(民法819条)。それと同時に、子を手元に置いて監護する者や監護についての必要な事項(養育費など)についてもはっきりさせておく必要がある。親権者が監護者である場合が多いが、親権者を父とし監護者を母とするようなこともできる。また祖父母などに監護を委託することを決めてもよい。前記につき、話し合いで決定できなければ、家庭裁判所へ申し立てて決めてもらうことができる(同法766条)。
子の籍は、親権者・監護者がだれになるかに関係なく、結婚中の戸籍にそのままとどまるから、離婚によって結婚前の氏に復した者の籍に入れるためには、家庭裁判所の許可を得て、子の氏の変更の届出をしなければならない(同法791条)。
(4)氏と戸籍の問題 結婚によって氏を改めた者は、結婚前の氏に戻り、結婚前の戸籍に復するか、新しい戸籍をつくることができる。結婚中の氏をそのまま称していたいときは、いわゆる婚氏続称の届出(正式には戸籍法77条の2の届出)を離婚届と同時にまたは離婚後3か月以内に出すことができる(民法767条)。
[石川 稔・野澤正充 2016年5月19日]
離婚が無効の場合、または取り消すことができる場合
夫婦の一方や、嫁を気に入らない姑などの第三者が無断で離婚届を出したような場合には、離婚は無効である。もっとも、戸籍に記載された離婚を消除するためには、家庭裁判所へ離婚の無効を申し立てることを要する。また、だまされて、あるいは強迫されて離婚届に印を押したというような場合には、だまされたと気がついたとき、または強迫を逃れたときから3か月以内に離婚の取消しを家庭裁判所へ請求することができる(民法764条による同法747条の準用)。
[石川 稔・野澤正充 2016年5月19日]
離婚届
協議離婚を成立させるための、また調停、審判、裁判による離婚の成立を報告するための戸籍上の届出をいう(戸籍法76・77条)。協議離婚届の場合には、未成年の子の親権者を父母のどちらとするかを定めなければ、届出は受理されない(民法765条・819条)。調停、審判、裁判による離婚があった場合には、同時に未成年の子の親権者についても決定されるから、決定したとおりのことを届け出ればよい。届出は書面で届出人の本籍地または居住地の市区町村役場にする。
[石川 稔・野澤正充 2016年5月19日]
国際結婚の破綻による離婚問題
国際結婚が破綻した場合の離婚については、日本の法律が適用されるとは限らず(準拠法の問題)、また、離婚訴訟も日本の裁判所に提起できるとは限らず(国際裁判管轄の問題)、外国法上の離婚の裁判を日本の手続に従って行うにあたっても問題が生ずることがある(手続法上の問題)。さらに、外国裁判所による離婚判決でも一定の要件を具備すれば日本でその効力が認められる(外国判決の承認の問題)。国際結婚した夫婦が離婚する場合には、これら国際私法上の諸問題が発生する。
[道垣内正人 2022年4月19日]
準拠法
離婚に関する諸外国の法は、それぞれの宗教、文化その他の事情によりさまざまに異なっている。かつてはカトリックの影響の強い国ではいっさいの離婚が禁止されていた。現在でも、フィリピンや中南米のいくつかの国は離婚禁止国である。ヨーロッパではカトリック教国でも離婚が認められるようになっているが、たとえばイタリアでは、原則として、法律上の別居を認める旨の判決を得てから1年間(離婚の合意があれば6か月)経過しなければ離婚は認められない。そこまで厳しくなくても、アメリカ諸州も含めて、裁判離婚しか認められないのが普通である。これらの離婚に厳しい国々に比べ、日本は、夫婦間の調整がつかなければ裁判離婚をするほかないが、調整がつけば協議離婚をすることもできる点で、韓国などとともに、世界でも特異な国である。なお、イスラム教国では、一般に、夫からの一方的な離婚が認められる点で他の地域の法律とは大きく異なっている(タラーク離婚)。
離婚の準拠法は国際私法によって定められる。日本の国際私法典である「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)では、第27条に規定されている。それによれば、夫婦の本国や常居所などに基づいて準拠法が定められる(段階的連結)。第1段階では、夫婦の本国法が同一であるか否かがチェックされ、同一であればその法(同一本国法)が準拠法とされる。この場合、重国籍の者については、国籍を有する国のうち常居所を有する国があればその国の法がその者の本国法とされ、そのような国がなければ、当事者にもっとも密接に関係する国を具体的状況のもとで判断し、その国の法がその者の本国法とされる(同法38条1項)。他方、無国籍者の場合にはこの第1段階は成立しないものとして扱われる(同法38条2項但書)。次に、第2段階として、夫婦の本国法が同一でない場合には、常居所地法が同一であるか否かがチェックされ、同一であればその法(同一常居所地法)が準拠法とされる。最後に、第3段階として、同一本国法も同一常居所地法もない夫婦については、過去の婚姻生活地などを考慮して具体的状況のもとで夫婦にもっとも密接な関係のある地の法(最密接関係地法)による(以上、同法27条本文)。以上の段階的連結の例外として、当事者の一方が日本に常居所を有する日本人であれば日本法が準拠法とされる(同条但書)。これは、国際離婚について戸籍窓口での協議離婚届の処理を可能とすることを目的とするものである。すなわち、日本法によれば協議離婚が認められるため、日本法が離婚の準拠法であることを形式的な基準で判断できるように、戸籍と住民票の記載に基づいて事務処理をすることができるようにしたものである。なお、法務省民事局長通達により、日本人については住民票があればよく、また住民票が消除されていても、出国後1年以内であれば日本に常居所があるものとして扱われる。
以上の段階的連結は、やや複雑ではあるが、最密接関係地法を準拠法とするという国際私法の理念にかなり忠実なものである。もっとも、連結点(特定の地の法を導き出すことのできる場所的要素。連結素ともいう)を時間的に固定していないので、夫婦の一方が本国や常居所を変更すると、離婚訴訟の途中であっても準拠法が変わってしまうという問題が指摘されている。
このようにして決まる離婚の準拠法は、離婚の許容性や離婚原因はもちろん、離婚の際の親権者指定にも適用される。離婚に伴う財産分与については、一括して離婚の準拠法によるとの見解もあるが、性質に応じて、夫婦財産の精算については夫婦財産制の準拠法によるとし(「法の適用に関する通則法」26条)、また、慰謝料は原則として離婚の準拠法によるものの、たとえば身体障害に至るような暴力によるものについては不法行為の問題として、加害行為の結果が発生した地の法による(同法17条)という見解もある。なお、離婚後の扶養については、離婚の準拠法による旨の明文の規定がある(扶養義務の準拠法に関する法律4条)。日本には、婚姻中の配偶者の同居義務をはずす法定別居という制度はないが、日本で法定別居が求められた場合には、離婚に関する規定(「法の適用に関する通則法」27条)によって準拠法を定めることになる。
[道垣内正人 2022年4月19日]
国際裁判管轄
裁判による離婚の場合、国際裁判管轄がある裁判所に提訴しなければならない。人事訴訟法3条の2によれば、離婚については、被告の住所が日本国内にある場合(同条1号)、原被告とも日本の国籍を有している場合(同条5号)、夫婦の最後の共通の住所が日本国内にあった場合であって、原告の現在の住所がなお日本国内にあるとき(同条6号)、原告が日本国内に住所を有する場合であって、被告が行方不明であるとき、被告の住所がある国でされた原被告間の離婚判決が日本で効力を有しないとき、その他の日本の裁判所が審理および裁判をすることが当事者間の衡平を図り、または適正かつ迅速な審理の実現を確保することとなる特別の事情があると認められるとき(同条7号)には、日本の裁判所に管轄が認められる。この第7号は緊急管轄を認めるものであるとされ、日本に国際裁判管轄に関する明文の規定がない時代の最高裁判例を取り込んでいる(最高裁判所昭和39年3月25日判決、民集18巻3号486頁、最高裁判所平成8年6月24日判決、民集50巻7号1451頁)。離婚について国際裁判管轄が認められれば、離婚に伴う財産分与請求や親権者指定の請求についても管轄が認められる(同法3条の3、3条の4)。なお、裁判所は、上記のルールによれば日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなる場合であっても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理および裁判をすることが当事者間の衡平を害し、または適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部または一部を却下することができるとされている(同法3条の5)。
[道垣内正人 2022年4月19日]
家庭裁判所の手続
日本の家庭裁判所の調停離婚手続は、日本法上の協議離婚制度を前提としているので、離婚の準拠法が外国法であって、裁判離婚しか認められない場合に、日本で調停離婚をすることができるかどうかが問題となる。実務上はこれを行っているが、学説上はそれを疑問視する見解も少なくない。また、外国法上、離婚の申立てがあると一定の資格のあるカウンセリング機関による調停を行い、そこでの和解不成立によって初めて裁判離婚の手続を行うこととされていることがある。このような場合に日本における離婚手続をその規定にあわせて行うことは困難である。これは、実体法が外国法である場合に、日本の実体法を前提としてつくられている日本の手続法との間に齟齬(そご)が生ずる一例であるが、手続法は本来、実体法の定めるところを実現するために存在するのであって、可能な限り日本の手続法の運用を柔軟にしていく必要がある。
[道垣内正人 2022年4月19日]
外国判決の承認
外国裁判所の離婚判決の承認についても、民事訴訟法第118条が適用され、そこに定める要件を具備すれば日本での効力が認められる。詳細は「外国判決」の項参照。
[道垣内正人 2022年4月19日]
民俗学上の離婚
生存中の夫婦間における婚姻の解消。離婚の形態は時代により身分により多様であったが、法制的にも慣習的にも一定の手続を必要とした。古代の律令(りつりょう)制社会では、夫が一方的に妻を離婚してもよいとする棄妻(きさい)の規定が戸令(こりょう)に設けられていた。すなわち、「七出之状(しちしゅつのじょう)」といい、妻に無子、婬泆(いんいつ)、不事舅姑(きゅうこにつかえず)、口舌(こうぜつ)、盗竊(とうせつ)、妬忌(とき)、悪疾のうち一つでも該当するものがあれば、手続に従って離婚してもよいとした。しかしこれはまったく唐制の模倣であり、どの程度日本の実情に即した規定なのか疑問とされる。当時は公家(くげ)社会でも婿入り婚が支配的であり、婚姻も離婚も原則として当人同士の愛情に基づいていたと思われるからである。婚姻は男が女のもとを訪れる妻問(つまど)いによって開始されるのに対し、離婚は夫がその妻問いをやめてしまうか、夫が妻の家から離れてしまうか、いわゆる夜離(よが)れの状態が続くことをさした。したがって、婚姻も離婚も男女は対等であり、いずれにも男性の一方的優位はおこりうるはずもなかったようである。
このような状況に大きな変化をもたらしたのは、室町時代、武家社会における嫁入り婚の発達であった。武家社会では、「家」制度のもとで家父長権が強大となり、夫側の立場が補強された反面、婚礼とともに夫の家に入る嫁の座はとかく安定を欠き、その地位はきわめて劣弱となった。夫側からは理由も明示せず独断的に離婚を申し渡すことができたのに、妻側はそれに対してなんの対抗もできないありさまであった。嫁と姑(しゅうとめ)の間にしばしば緊張が生じ、姑が、家風にあわないとの理由で嫁を追い出すことさえ珍しくなかった。したがって嫁の座は、子供、なかんずく男子を生んで初めて落ち着くというわけで、離婚は結婚後数年間以内に頻発した。嫁入り婚は江戸時代には庶民社会にも浸透し、しだいに全国的に普及し、やがてこれが婚姻方式の主流をなすに至るとともに、離婚にも武家風の男性専横が現れてきた。江戸時代には離婚は一般に離縁、縁切りとよばれ、その際夫は妻に証拠として離縁状を手渡すしきたりであった。これを俗に三行り半といったのは、本文を三行半に書いたからである。離縁されれば、妻は夫の家を追われて実家に戻らなければならなかった。いわゆる出戻りである。こうして嫁入り婚では、いったん離婚すれば女性は自らの立場を著しく損じることとなり、婿入り婚において離婚後も女性が元どおり生家で生活を続けられるのとは大きな相違であった。当時、このような状況のもとでは、妻側から夫側の横暴に対して異議を唱え離縁を求めることは許されなかった。ただ非常手段として、神職や山伏の家、あるいは尼(あま)寺などに逃げ込み、それらの人々の尽力によって離縁を迫ることはできた。この種の寺では相模(さがみ)(神奈川県)鎌倉の東慶寺や上野(こうずけ)(群馬県)新田(にった)郡の満徳寺が、俗に縁切寺、駆込寺(かけこみでら)として有名であった。また縁切りを神仏に祈る習俗も広く、祈れば効き目があると信じられた縁切地蔵、縁切稲荷(いなり)、縁切薬師(やくし)などが各地に伝えられていた。東京都板橋区下板橋にあった縁切榎(えのき)(実はケヤキ)も、江戸時代からよく知られ、川柳(せんりゅう)に「板橋へ三くだり半の礼参り」などと詠まれてもてはやされた。
このような一般的な状況に対して、明治以降も一部の地域ではいささか様相を異にしてきた。まず婿入り婚が第二次世界大戦前後まで各地に保持され、そこでは古来の男女対等に基づく婚姻・離婚の風潮がみられた。とくに海女(あま)や行商など女性の働きが重要なところでは、離婚によって女性の立場を損じることは少なく、数回も離婚と再婚を繰り返す者もみられた。嫁入り婚の場合でも、農漁村では女性も一人前の働き手であり、その存在は都会のサラリーマンの妻よりははるかに重んじられた。離婚に際しても妻側がかならずしも受動的とはいえず、また再婚にあたってもあまり処女性にこだわらないというのが農漁村の伝統であった。
[竹田 旦]
人類学上の離婚
人類社会全般について離婚を論じるうえには大きな困難がある。カリブ人の諸社会においては、結婚の合法性に対するこだわりはみられないし、一時的な性のパートナー以外は認めず、夫婦と子供からなる婚姻家族の単位すらもたなかったインドのナヤールのような社会もあったからである。婚姻が明確に定義されていないところでは、そもそも離婚は問題にできない。また婚姻が永続すべきものだとは考えていないような社会も多く、そこでは離婚はとりたてて問題にするべきできごとではない。
しかし、おおよその傾向として、イギリスの人類学者グラックマンによると、父権の明確な体系では離婚はまれでまた困難であるという。またレーブE. M. Loebは、父系出自、高価な婚資、低い離婚率の間に相関関係があるとも主張している。確かに父系社会においては、出自集団の存続は外部から婚入してくる女性に依存しており、いかにこれら女性の生む子供に対する権利を確保するかが婚姻制度の中心的関心事となっている。結婚は、この権利の譲渡を示す明確な儀礼的手続によって始まり、同様にその終止も正式な手続によってマークされる。南スーダンのヌエル社会では、この意味での正式な離婚、つまり女性に対して支払われた婚資のウシが返却されない限り、彼女の生む子供は、たとえ彼女が夫と別居し別の男と世帯をもち、そこで生まれた子供であっても、婚資を支払った法律上の夫の子供として扱われる。かりに、法律上の夫がすでに死亡していても同様である。レビレート婚や亡霊婚にもみられるごとく、この意味での結婚は死によっても解消されない。こうした社会での離婚は、妻の不妊などの特殊な場合やごく限られたケースでしかおこらない。これに対して母系社会の場合、夫への正式な権利の譲渡は必要とされない。相手の男がだれであっても女性は自動的に自らの集団の成員を供給する。こうした社会の多くで離婚が許容され、また結婚が永続すべきものとは考えられていないのも、うなずける。ザンビアにある母系のベンバ社会では、男は何回にもわたる離婚歴のなかで、同じ女性と二度結婚することもけっして珍しいことではない。
[濱本 満]
『大村敦志・河上正二・窪田充見・水野紀子編著『比較家族法研究――離婚・親子・親権を中心に』(2012・商事法務)』▽『二宮周平・榊原富士子著『離婚判例ガイド』第3版(2015・有斐閣)』