集成館(読み)しゅうせいかん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「集成館」の意味・わかりやすい解説

集成館
しゅうせいかん

鹿児島県鹿児島市にある,日本最初の本格的洋式工場を含む旧工場群。弘化3(1846)年薩摩藩主の島津斉興が鹿児島の中村郷に製薬館などを設けたのに端を発する。島津斉彬嘉永5(1852)年,磯邸内にそれらを移して集成館と名づけ反射炉などの工場群の建造に着手,箕作阮甫など多くの洋学者,技術者を使って化学薬品,大砲火薬織物陶磁器ガラス器,農耕具,機械などを製造した。しかし斉彬の死後は縮小された。薩英戦争で破壊されたが,斉彬の意思を継いだ島津忠義再興に取りかかり,慶応1(1865)年機械工場,同 3年紡績工場の鹿児島紡績所が竣工した。明治1(1868)年に官営となったが,その後島津家に払い下げられ,1915年に全面的に廃業。当時の機械工場は今日では尚古集成館として,その工具製品類の陳列館となり,仙巌園(磯庭園)内に保存されている。各施設は国の重要文化財や史跡に指定。2015年「明治日本の産業革命遺産:製鉄製鋼造船,石炭産業」として世界遺産の文化遺産に登録された。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「集成館」の解説

集成館
しゅうせいかん

鹿児島藩の兵器製造を中心とした工場。島津斉彬(なりあきら)が1852年(嘉永5)創業,57年(安政4)命名。1200余人の職工を擁して,反射炉による鋳砲,水車動力による砲身の切削加工,地雷・水雷・刀剣などの兵器製造のほか,ガラス・陶器・紙・工具など幅広い生産を展開した。58年斉彬が没すると事業は縮小されて兵器製造に専念。62年(文久2)には鋳銭事業にも着手した。

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旺文社日本史事典 三訂版 「集成館」の解説

集成館
しゅうせいかん

幕末,薩摩藩主島津斉彬 (なりあきら) が軍備充実・殖産興業のため設けた洋式工場
1854年鹿児島に日本最初の溶鉱炉を築造。また反射炉・ガラス・陶磁器・洋式紡績・紙・氷砂糖・油・鋼鉄・地雷などの工場を設け,動力は水車を用いた。職工など1200人が就業した。

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世界大百科事典(旧版)内の集成館の言及

【鹿児島[市]】より

…なお士屋敷では,千石馬場,平ノ馬場などは大身の士の居住地区で,古く守護町として発展してきた上町方面には中級士が住居し,加治屋町,新屋敷町,上之園町,高麗町や荒田村,吉野村,草牟田村など場末には下級士が住居し,鳥籠,傘,はし,櫛,金助まりの内職や農耕でくらしをたてていた。城下には,諏訪(薩摩,大隅,日向3州の惣社),祇園,稲荷,春日,若宮のいわゆる五社と,島津氏祈願所の真言宗大乗院,同菩提所曹洞宗福昌寺をはじめ多くの諸宗大小寺社があり,また江戸末期には島津家29代斉彬の開化政策により集成館事業と総称する紡績,ガラス,造船,兵器などの洋式工業の花がひらき,多くの維新英才が輩出した。【原口 虎雄】。…

【薩摩藩】より

…〈郷中(ごじゆう)教育〉という薩摩藩独特の青少年の社会教育が,士民錬成に果たした役割は最も大きかった。 こうして蓄養されたエネルギーをもとに,斉彬は日本最初の西洋型帆船・蒸気船の建造,水車動力洋式紡績,ガラス・陶磁器・農具・刀剣・砲丸・火薬・綿火薬・アルコール・硫酸・硝酸・鋼鉄・大小砲の製造など百般にわたる洋式工業をおこし,これらを総称して〈集成館〉と名づけたが,1858年鹿児島を来訪したオランダ人技術将校ポンペは,1日1200人もの職工人夫が働く姿を見て,〈此の如き工業を採用せば,自から日本の政策は変更を来たし,全然旧式の鎖国主義より解放さるるに至るべし〉と予言しているが,維新の大業ははたして薩摩藩よりおこされた。斉彬没後一時集成館事業は縮小され,また薩英戦争で焼かれた。…

【島津斉彬】より

…世子時代から英明をうたわれ,戸塚静海,高野長英をはじめ当時一流の洋学者に洋書の翻訳や講説をさせ,また徳川斉昭,松平慶永や老中阿部正弘らと親交を結び,その政治的見識を高く買われた。お由羅騒動を経て,1851年(嘉永4)襲封し,殖産興業策として,西洋型帆船・蒸気船の建造,反射炉・鑽開台・溶鉱炉の建設と銃砲・弾薬・地雷・水雷・綿火薬・硫酸・硝酸・塩酸の造兵工業から,ガラス・陶磁器・ハゼ蠟・農具の製造,水車動力利用の洋式紡織など万般にわたり毎日1200人もの従業員を擁する総称〈集成館事業〉を興した。一橋慶喜の将軍継嗣運動に努めたが,大老井伊直弼のために挫折。…

【藩営マニュファクチュア】より

…これらの藩営工場では多くの人々がそれぞれ仕事を分担し,協力して働いていた。たとえば薩摩藩では,幕末の深刻な対外危機に対処するため藩主島津斉彬を中心に藩政改革を実施し,その一環として城内に反射炉を建設し,ついで溶鉱炉やガラス,陶磁器,農具,地雷,ガス灯などの各種製作所を設け,のちにこの場所は集成館と呼ばれてその規模を拡大し,1日に1200人を超す職工・人足が働いていた。佐賀藩でも幕末には反射炉を設け,さらに造船,鋳砲を目的に藩営工場を建設し,あるいは土佐藩でも開成館事業の一環として各種の藩営工場を計画し,これらは日本における近代工場創出の基盤ともなった。…

※「集成館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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