隅田川(能、歌舞伎舞踊劇)(読み)すみだがわ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

隅田川(能、歌舞伎舞踊劇)
すみだがわ

(1)能の曲目。四番目物、狂女能。五流現行曲。金春(こんぱる)流は『角田川』と表記。観世元雅(かんぜもとまさ)作。武蔵(むさし)国(東京都)隅田川の渡し守ワキ)が登場して場面を設定し、旅人(ワキツレ)の客が狂女の到着を予告する。狂女(シテ)は、ひとり子を人買いにさらわれた悲しみを述べ、子の行方を尋ねつつ隅田川のほとりに着く。渡し守はおもしろく狂わねば舟に乗せぬというが、狂女は『伊勢(いせ)物語』の在原業平(ありわらのなりひら)の東(あずま)下りを引いてたしなめ、川面(かわも)の都鳥にわが子の行方を問いつつ、舞い狂う。同情した渡し守が舟を出し、向こう岸でいま行われている大念仏は、病気のため人買いに捨てられた少年の一周忌であることを物語る。その少年こそわが子梅若丸と知って泣き伏す母親を、渡し守はその墓へと導く。人々の弔いのなかに、少年(子方)の「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の声が交じり、少年の亡霊が幻にみえる。親子は抱き合おうとするが、幻はむなしく消えて、春の曙(あけぼの)の光の中に、泣きぬれた母親の姿だけが残される。悲劇のまま終わる狂女物はほかに例がなく、近代劇的手法で書かれた元雅の名作である。子方を舞台に出すか出さぬかは、世阿弥(ぜあみ)・元雅父子以来の論争。今日では亡霊を舞台に出す、声だけ聞かせる、まったく登場させない、の三通りの演出が行われている。イギリスの作曲家B・ブリテンはこの能に感動し、オペラ『カーリュー・リバー』(1964)をつくっている。

増田正造

(2)清元(きよもと)節による歌舞伎(かぶき)舞踊劇条野採菊(じょうのさいぎく)作詞、2世清元梅吉作曲。同名の能の筋をかなり忠実になぞった作品で、最初は演奏会用の曲として1883年(明治16)2月発表。1919年(大正8)9月、東京・歌舞伎座で5世清元延寿太夫(えんじゅだゆう)補曲で、2世市川猿之助(えんのすけ)(猿翁)の狂女、2世市川段四郎の舟人で初演バレエの感覚を取り入れた振付けで評判になった。昭和になってからは、清元の哀調を聞かせ、心理表現に重点を置いた演出で取り上げられるようになり、近年では6世中村歌右衛門(うたえもん)が得意芸にしている。

[松井俊諭]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android