阪神工業地帯(読み)はんしんこうぎょうちたい

精選版 日本国語大辞典 「阪神工業地帯」の意味・読み・例文・類語

はんしん‐こうぎょうちたい ‥コウゲフチタイ【阪神工業地帯】

大阪・神戸の両市を中核として大阪湾沿岸に発達している工業地帯。広くは兵庫県姫路市を中心とした播磨工業地域、和歌山県北部の紀北工業地域、京都市・大津市の工業地域までを含める。江戸時代の商業資本の蓄積により発達していた工場制工業・手工業を基盤に、明治以後、機械・紡績工業が起こり、水陸交通の便に恵まれて重化学工業地帯に発展。

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デジタル大辞泉 「阪神工業地帯」の意味・読み・例文・類語

はんしん‐こうぎょうちたい〔‐コウゲフチタイ〕【阪神工業地帯】

大阪市神戸市を中心とする臨海工業地帯大阪府・兵庫県の周辺都市を含めていうこともあり、京都南部を含めて京阪神工業地帯ともいう。鉄鋼・機械・造船などの重工業や化学工業が主力だが、繊維工業も多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「阪神工業地帯」の意味・わかりやすい解説

阪神工業地帯
はんしんこうぎょうちたい

大阪、神戸の二大都市を中心とする大阪湾の臨海地区と、それに続く内陸部の淀(よど)川沿岸および大阪市東部、それに隣接する東大阪一帯の地域からなる工業地帯。臨海地区は、神戸、西宮(にしのみや)、尼崎(あまがさき)、大阪(西淀川、此花(このはな)、港、大正の各区)から堺(さかい)、泉北埋立地にかけて広がり、鉄鋼、金属、機械、造船、電力、ガス、石油化学など重化学工業部門の大工場が集中しており、阪神工業地帯の中核となっている。臨海地域の南には、泉大津(いずみおおつ)、岸和田貝塚泉佐野を中心とする繊維工業地帯がある。臨海地域の内側には、大阪市の東部3区(城東、東成(ひがしなり)、生野(いくの))から大東(だいとう)、東大阪、八尾(やお)にかけての機械器具、繊維、雑貨などの工場群、淀川沿いの大阪市北東部(福島、北、都島(みやこじま)、淀川、東淀川の各区)から吹田(すいた)にかけての地域の化学、薬品、繊維、染色などの工場群がある。内陸地域の外縁部には、淀川右岸の茨木(いばらき)、高槻(たかつき)、左岸の守口(もりぐち)、門真(かどま)、寝屋川(ねやがわ)、枚方(ひらかた)が含まれ、第二次世界大戦後の技術革新やトラック輸送の発達により、JR沿線や国道沿いに軽電機、機械、化学、食料品などの大工場が進出している。阪神工業地帯を広義に解釈するときには、西は兵庫県の明石(あかし)、加古川(かこがわ)、高砂(たかさご)、姫路(ひめじ)、相生(あいおい)、赤穂(あこう)などの播磨工業地域(はりまこうぎょうちいき)、南は和歌山、海南、有田などの紀北工業地域(きほくこうぎょうちいき)、北東は京都、宇治、大津、草津などの京滋工業地域(けいじこうぎょうちいき)を含み、前二者には鉄鋼、造船、石油化学などの重化学工業、後者には、軽電機、化学、食料品と比較的歴史の古い繊維工業などが発達している。

 阪神工業地帯の発展には、江戸時代に天下の台所として全国の物資を集散し、その売買により蓄えられていた商業資本、古くから開けた農村地帯に栄えていた手工業、京阪神の大都市を控えた大消費市場がその経済的原動力となっている。加えて瀬戸内海や淀川を利用する舟運の便と、東海道と山陽道を中心とする陸上交通の便、明治以降整備された国鉄(現、JR)、私鉄の発達といった地理的位置と交通上の優位があげられる。また、大阪湾沿岸をはじめ内陸の旧河床を開発してつくられた新田が工場用地として安価に入手できたうえに、琵琶(びわ)湖を水源とする淀川が豊富な工業用水を提供し、六甲山麓(ろっこうさんろく)の宮水(みやみず)とよばれる地下水を醸造用の良水として利用できたことが立地要因としてあげられる。大阪には、江戸時代からすでに工場制手工業の段階にまで発達していた銅の精錬、製油、皮革、造船業があり、灘(なだ)、伊丹(いたみ)、池田の醸造、堺の鉄砲鍛冶(かじ)、河内(かわち)・和泉(いずみ)の農家で織られていた木綿、染色、晒(さらし)などとともに、全国的に知られていた。一方、近代的工場制機械工業の先駆けは、明治政府の殖産興業政策によって1870年(明治3)に設立された堺紡績所(最初は薩摩(さつま)藩が設立)、大阪市桜宮(さくらのみや)に設けられた造幣寮(1871。現在の造幣局)、大砲製造所(1872。後の陸軍造兵廠(しょう))、兵庫造船局(1883)などの官営工場である。とくに造幣局は、イギリス人技師の指導のもとに、貨幣のほか硫酸やソーダ、ガスなどの化学工業の始めとなり、陸軍造兵廠は鋳物、機械工業の発達の口火となった。やがて民間の紡績工場ができ始め、1883年には大阪府三軒家(さんげんや)(現、大阪市大正区)に1万錘の蒸気力による近代的で大規模な大阪紡績会社が生まれた。その後、民間の紡績会社が次々に設立され、大阪は東洋のマンチェスターとよばれた。このほか、マッチ、メリヤス、洋傘などの雑貨工業も発達した。こうした近代工業は、日清(にっしん)・日露戦争を契機に飛躍を遂げ、綿糸、綿織物、メリヤスなどの繊維工業をはじめ、肥料、紙、マッチなど軽工業を中心として、日本一の生産をあげていた。第一次大戦を転機に、鉄鋼、伸銅などの金属工業、造船、紡績機械などの機械器具工業、油脂、薬品などの化学工業、セメント、ガラスの窯業などの重化学工業が伸展し、総合工業地帯としての地位を確保した。この間、大阪と神戸は、それぞれ関連した工業が相互依存的に発達して広がり、大阪、神戸を中心に尼崎、西宮、芦屋(あしや)、堺の臨海地域と内陸部の布施(ふせ)(現、東大阪市)、守口、吹田、伊丹を包含する工場密集地域が形成された。第二次世界大戦中は工場疎開が行われ、重化学工業も周辺都市に移動し、阪神工業地帯の区域はさらに広がった。しかし、戦災により大打撃を受けた。

 第二次世界大戦後、糸偏ブームとよばれる繊維産業の好況、朝鮮戦争による特需ブームによって立ち直りをみせたが、全国に対する相対的比率は低下し、関西経済は地盤沈下をきたしている。その復興のため、大規模な埋立地を造成し、石油化学、鉄鋼のコンビナートが建設されたが、逆に地盤沈下や大気汚染、水質汚濁などの公害問題がおこり、その除去に努力が払われている。阪神工業地帯は、戦後、日本経済の高度成長に支えられて発達してきたが、中堅、中小企業の集積度が高い、鉄鋼、繊維などの基礎素材型産業の構成比が高い、アジア向け貿易依存度が高いといった特色が、近年の景気先行きの不透明感やアジア経済の悪化などの影響により、生産の伸びの落ち込みに深刻な影を落としてきた。また、1995年(平成7)に起きた阪神・淡路(あわじ)大震災では、神戸市長田(ながた)区を中心とした、ケミカルシューズ製造業、神戸市から西宮(にしのみや)市にかけての酒造業などに大きな被害を与え、商・工業関連被害額(建物を除く)は約6300億円となった。

 しかし、関西国際空港、関西文化学術研究都市、明石海峡大橋の三大プロジェクトがひとまず完成し、他のプロジェクトの推進と相まって、経済回復の切り札になることが期待されている。大阪市南港(なんこう)のコスモスクエア地区の先端産業の蓄積、神戸ポートアイランド第2期の産業団地、京都市とその近隣都市にみられるベンチャー企業などは、その再生に向けての新しい動きである。

 今後は、従来から阪神工業地帯が得意とする分野の技術力を強化するとともに、成長が期待される分野の企業誘致や人材育成により、産業の高度化や新産業の育成基盤の充実を図ることが課題である。期待される分野としては、情報・通信関連、医療・福祉関連、住宅関連、環境・エネルギー関連など、国民生活や産業活動の基礎条件を確保する分野への発展があげられる。

[安井 司]

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改訂新版 世界大百科事典 「阪神工業地帯」の意味・わかりやすい解説

阪神工業地帯 (はんしんこうぎょうちたい)

大阪,神戸の2都市を中心に,大阪湾沿岸部およびそれに隣接する内陸部に展開する工業地帯。その範囲は広狭さまざまに解釈され,発生的に狭義に解釈すれば,大阪・神戸両市のほかに堺,尼崎,西宮の臨海の各市,および内陸の東大阪(布施(ふせ)地区),守口,吹田(すいた),伊丹(いたみ)の各市の範囲にほぼ限られる。また,その後の発展にともなう地域的拡大を考慮すれば,岸和田,門真(かどま),茨木,高槻(たかつき),池田,八尾(やお),高石などの大阪府下の諸市,および兵庫県南東部の明石,宝塚,川西などの市がこれに含まれ,広義の概念となろう。さらに阪神工業地帯の外延的拡大を最大限に評価すれば,兵庫県南西部の播磨灘沿岸部や,和歌山県の紀伊水道沿岸部,および京都市,大津市付近までがその範囲に入れられる。なお京阪神工業地帯という名称もほぼ同義に用いられる。

 阪神工業地帯の立地要因は,さかのぼれば,中・近世に大坂を中心に蓄積されてきた商業資本や,大坂・京都を中心とする大消費市場の存在,農村や都市で営まれてきた家内工業,中小工業の伝統,大坂・兵庫・堺などの良港の存在と瀬戸内海水運の便,などがあげられる。近代に入ると,幕末から明治初年にかけて兵庫津の東にある神戸浦が開港して外国への窓口が開かれ,さらに1870~80年代に薩摩藩営の堺紡績所,官営の造幣局,砲兵工厰,兵庫造船所あるいは民間資本による大阪紡績会社などが相次いで誕生し,鉄道網,道路網も整備されて発展していった。

 阪神工業地帯は発足から1950年代までは,製鉄業はやや欠くものの,紡績,織物,食品,醸造,薬品,製鋼,造船,車両,ゴム,雑貨など,あらゆる部門・業種にわたって工業の発展をみた。ただ第2次世界大戦前の阪神工業地帯は,紡績,繊維,雑貨などを主とし,アジア,アフリカをおもな海外市場とした消費財・輸出向け工業に特徴がみられた。戦後は戦時中の空襲による工場被害や,中国市場との断絶などがあって大きな打撃をうけたが,しかし1960年代の高度経済成長期には,家庭電器工業が飛躍し,さらには埋立てによる臨海工業地区の造成もあって,大規模な製鉄,石油化学,火力発電などの工業も進出するなど,阪神工業地帯は戦前にまさる大総合工業地帯として発展をとげてきた。ただ製造品出荷額の上では,戦前は首位であったが,現在は京浜工業地帯に次ぐ地位にある。このような地位低下の理由は,中央の政治と密着する戦後の企業経営の特質が,京浜に比べてのいわゆる〈関西経済の地盤沈下〉を招いたことにあるが,そのほか,業種的には自動車など加工組立型工業が弱く,さらには阪神工業地帯に多い中小企業が設備・管理面での近代化を怠ったことや,地下水汲上げによる地盤沈下,工業用地・用水の不足,輸送交通網整備の立遅れなどにもその原因がある。
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百科事典マイペディア 「阪神工業地帯」の意味・わかりやすい解説

阪神工業地帯【はんしんこうぎょうちたい】

大阪湾に臨む大阪,尼崎,堺,神戸の諸都市を中心とし,内陸に広がる日本第3の工業地帯。広義には明石,姫路などの播磨工業地域,和歌山以南の工業地域も含む。京都府南部を含めて京阪神工業地帯とも。瀬戸内海の水運,消費都市の存在なども手伝って,江戸時代にはすでに大坂では銅製錬,油脂,皮革,造船など,堺では鉄砲鍛冶,灘・伊丹・池田では醸造,和泉では綿織,染色,晒(さらし)等の産業があった。明治初期大阪に造幣寮,大砲製造所,堂島紡績所,堺に堺紡績所などが設置されて近代工業化が始まり,日清・日露の両戦争を機に飛躍的に発展,特に繊維生産は全国の半ば以上に達した。第1次大戦を転機として製鉄・製鋼などの金属工業,造船・車両・紡績機械などの機械工業,肥料・薬品・油脂・ゴムなどの化学工業が伸びた。大阪,神戸,尼崎,堺の埋立地には重化学,鉄鋼,機械工業,水利に恵まれた淀川,大和川の沿岸には染色,繊維,薬品などの工業が立地する。織物,雑貨などの工業は東大阪から南にかけて周辺農村に発展して衛星都市化を進めた。堺から南にかけての泉州地区は繊維が中心。第2次大戦前の生産は京浜工業地帯をしのぎ全国第1位であった。→工業地域
→関連項目大阪[府]大阪[市]神戸[市]堺[市]兵庫[県]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「阪神工業地帯」の意味・わかりやすい解説

阪神工業地帯
はんしんこうぎょうちたい

大阪市を中心に西宮,神戸,堺,和歌山の大阪湾岸から茨木,守口などの内陸に広がる日本第2の工業地帯。第2次世界大戦後は工業地帯の伸展が著しく,現在では明石,姫路を中心とする播磨工業地域,和歌山,有田などの紀北工業地域,宇治,大津などの京滋工業地域を含めて広義の阪神工業地帯といわれている。明治期には綿糸,綿織物,メリヤスなどの繊維工業のほか肥料,製粉,製紙,マッチ工業が盛んであったが,第1次世界大戦を契機に重化学工業が発達し,総合工業地域となり,第2次世界大戦前までには日本最大の工業地域となった。戦後は繊維産業の後退などで京浜工業地帯に生産額をこされた。そのため,臨海地域に大規模な埋立て地を造成した。現在神戸,西宮,尼崎から堺,泉北にかけての臨海地区は,鉄鋼,金属,電力,造船,石油化学などのコンビナートがあり,阪神工業地帯の中心となっている。臨海地域の南の泉大津,岸和田,泉佐野は繊維工業が中心。内陸部の大阪市東部から東大阪,八尾にかけては機械器具,繊維などの大工場群があり,淀川沿いの大阪市北東部から吹田にかけては化学,薬品,染色などの大工場群がある。

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世界大百科事典(旧版)内の阪神工業地帯の言及

【工業地域】より

…一方,かつて海水浴場や漁場が続いていた千葉県の海岸地帯は戦後埋め立てられ,石油化学,石油精製,鉄鋼,火力発電所などの装置型産業の工場が建ち並び,京葉工業地域とよばれている。 京浜に次ぐ阪神工業地帯は大阪市から神戸市に及ぶ一帯を中心にひろがる。これに京都市を加え京阪神とよぶ場合もある。…

※「阪神工業地帯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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