関白
かんぱく
天皇を補佐し、百官を率いて大政を執行する重職。中国前漢の博陸侯霍光(はくろくこうかくこう)が幼帝を補佐した故事により、博陸ともいう。百官の上奏に関(あずか)り、意見を白(もう)すという意味で、887年(仁和3)宇多(うだ)天皇が太政(だいじょう)大臣藤原基経(もとつね)に賜った勅書にこのことばが初めてみえ、しだいにその職名となった。冷泉(れいぜい)天皇(在位967~969)のころから、天皇幼少の間は摂政(せっしょう)を、成長後は関白を置くのが慣例となり、事実上朝廷最高の地位となって、「一(いち)の人(ひと)」ともよばれた。なお制度上は、摂政が天皇の代理人的立場にあるのに対し、関白は補佐の地位にとどまるが、政治上の実権にはほとんど差異を認められない。
摂関の職は藤原氏北家(ほっけ)に独占され、藤原氏長者(ちょうじゃ)を兼帯するのが常例となり、ことに藤原道長(みちなが)以後はその子孫に伝えられ、鎌倉時代以降は近衛(このえ)、九条(くじょう)、二条、一条、鷹司(たかつかさ)の五摂家が交互にこの地位についたが、幕末王政復古に際して廃止された。近世初頭豊臣秀吉(とよとみひでよし)・秀次(ひでつぐ)父子が関白になったのはまったくの異例である。なお、前関白を太閤(たいこう)といい、関白に准ずる地位に内覧(ないらん)がある。
[橋本義彦]
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かん‐ぱく クヮン‥【関白】
[1] (
天下の万機を「関
(あずか)り白
(もう)す」の意。古くは「かんばく」)
① 帝王の
政務のすべてにあずかって、意見を言上すること。
※政事要略(1002頃)三〇「其万機巨細、百官惣レ己。皆関二白於太政大臣一、然後奏下、一如二旧事一」 〔漢書‐霍光伝〕
② 平安時代に設置された令外の官。天皇を補佐して政務を執行する重職。元慶八年(
八八四)、
光孝天皇が、藤原基経に、一切の奏文を天覧に供する前に、まず内覧、関白させたのが事実上の始まりで、のち職名となった。太政大臣の上。一人
(いちのひと)。一所
(いちのところ)。
執柄(しっぺい)。博陸
(はくろく)。
※枕(10C終)二三「今の関白殿、三位の中将ときこえける時」
※今鏡(1170)二「世には夜の関白などきこえしも」
※十訓抄(1252)九「世を我ままにして、法師関白とまでいはれ給けり」
[2] 特に、藤原氏以外で関白となった豊臣秀吉、秀次父子をさす。
※雑俳・柳多留‐一二一(1833)乙「関白も元わんぱくの御末也」
あずかり‐もう・す あづかりまうす【関白】
〘他サ四〙 (「かんぱく(関白)」の訓読語) 政治にたずさわって意見を言う。関白の職務を行なう。
※神皇正統記(1339‐43)中「万機の政猶霍光に関白(アヅカリマウサ)しめよ」
まつりごとあずかりもうす‐つかさ ‥あづかりまうす‥【関白】
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関白
かんぱく
一の人,摂 籙 (せつろく) ,執柄 (しっぺい) ,博陸 (はくろく) などともいう。天皇を補佐して,天下の政を行う職。令外官で,元慶8 (884) 年光孝天皇のとき,一切の奏文は太政大臣藤原基経にまず上申し,その指示に従うべしとの詔が出されたのに始る。仁和3 (887) 年宇多天皇の詔に関白という言葉がみえ,基経が関白職の初任となった。天皇幼少時の摂政と並んで,成人後の天皇を補佐した関白は,もっぱら藤原氏がなり,特に道長の子孫が独占して権力を握り,いわゆる摂関政治を出現させた。中世に入ってからはその子孫近衛,鷹司,九条,一条,二条の五摂家が交代で就任し,明治にいたった。藤原氏以外の関白は豊臣秀吉,同秀次の2人である。なお,前関白を太閤,前関白が出家したものを禅閤といった。
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関白
かんぱく
天皇を補佐し,政務全般を行う官職。令外官 (りようげのかん) の一つ
実質は摂政 (せつしよう) と変わらないが,天皇成人後に政務を担当する場合にいう。884年光孝天皇即位に際し,藤原基経がその任についたのに始まる。関白の称は,887年宇多天皇が基経に下した詔に初見。10世紀以後江戸末期まで藤原氏が摂政・関白を独占し,藤原氏以外で関白となったのは豊臣秀吉・秀次の2人だけである。また前関白を太閤という。
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デジタル大辞泉
「関白」の意味・読み・例文・類語
かん‐ぱく〔クワン‐〕【関白】
《「関かり白す」の意。近世までは「かんばく」》
1 帝王の政務にあずかって意見を言上すること。
2 成人後の天皇を補佐して政務をつかさどった重職。平安中期藤原基経に始まり、慶応3年12月9日(1868年1月3日)王政復古により廃止。一の人。→摂政
3 威力・権力の強い者をたとえていう語。「亭主関白」
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かんぱく【関白】
石川の日本酒。酒名は、豊臣秀吉が花見の宴でふるまった「加賀の菊酒」に由来。主要銘柄は大吟醸酒「加賀吟醸」。ほかにアルコール度数21.7%の普通酒「弐壱七」など。原料米は山田錦、五百万石など。仕込み水は白山山系の伏流水。蔵元の「加越」は江戸末期創業。所在地は小松市今江町。
出典 講談社[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションについて 情報
関白
平安時代以降、成人後の天皇を補佐して政務を司る職名。転じて、権力の強い者の比喩。また、子に関白の職を譲った前関白の称号が太閤である。豊臣秀吉は関白職を養子秀次に譲り、進んで自らを太閤と称した。
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関白
天皇の政治をたすける職のことで、9世紀後半の藤原基経[ふじわらのもとつね]が最初です。摂政[せっしょう]と同じ意味あいですが、幼い天皇には摂政、成人した天皇には関白と、役職名がことなります。
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関白 (カンパク)
植物。バラ科のハナモモの園芸品種,落葉低木。ハクトウの別称
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かんぱく【関白】
天皇を補佐して政務を執行する職。執柄(しつぺい),博陸(はくろく),霍光(かくこう)ともいう。中国前漢の宣帝が霍光に対し,〈諸事皆まず関(あずか)り白(もう)すべし〉と命じたのに由来するが,日本では宇多天皇が887年(仁和3)太政大臣藤原基経に対して下した詔に関白の語がみえるのが初例。なお884年(元慶8)に光孝天皇が基経に下した勅に,のちの関白と実質を等しくする語句のあることから,これを関白の起源とする説もある。
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普及版 字通
「関白」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典内の関白の言及
【摂関政治】より
…平安時代,藤原氏出身の摂政,関白が天皇に代わって,あるいは天皇を補佐して行った政治。とくに967年(康保4)冷泉天皇の践祚後まもなく藤原実頼が関白となってから,1068年(治暦4)後三条天皇が皇位につくまでの約100年間の政治形態をいう。…
【太閤】より
…大閤とも書かれる。関白に任じられた者の子息が関白になったとき,父である前関白を呼ぶ称号。《臥雲日件録》に〈父已為関白,其子又必関白,父尚存則称大閤……〉という解釈がみられる。…
【天皇】より
…令制の太政大臣が唐制の三師,三公と異なる点は,菅原道真が指摘したように,分掌はないが,太政官の職事として天下の政を知り行うところにある。この権能がやがて人臣摂政に移り,さらに関白の職権となった。摂政は天皇幼少の間,天皇に代わって大政を摂行する臨時的な地位であるが,関白は大政総攬の権能をもつ天皇のもとで,百官総己を職権として執政する地位であった。…
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