開発途上国開発問題(読み)かいはつとじょうこくかいはつもんだい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「開発途上国開発問題」の意味・わかりやすい解説

開発途上国開発問題
かいはつとじょうこくかいはつもんだい

主として地球の南半球に位置するアジアアフリカ、ラテンアメリカの開発途上国developing countriesの経済発展を、おもに地球の北半球に存在する先進諸国の経済協力のもとでいかにして推進するかの問題が、開発途上国開発問題である。

[村上 敦]

問題の所在と経緯

今日、地球上には国連加盟国で193か国(2021年4月現在)が存在するわけであるが、一握りの先進国(経済協力開発機構=OECD加盟国)と、OECDに加盟していない旧社会主義諸国を除いたほとんどの国が開発途上国であり、それらは一般的にいって、
(1)国内総生産(GDP)や就労人口に占める農業の割合が大きい、
(2)人口増加率が高く、労働人口が多くの扶養家族を抱えている、
(3)各種産業における労働生産性が低い、
(4)国内における所得分配が著しく不平等であり、少数の富裕階級が存在する反面、大多数の人々が貧困、失業、したがって、低い栄養水準、低い教育水準(低い成人識字率)に呻吟(しんぎん)している、
(5)鉄道、道路、通信などの経済基盤や学校、病院、上下水道などの社会基盤が未整備である、
といった特徴をもっている。

 これらの特徴は、経済的には、結局のところ、「1人当り所得水準が低い」という事実に反映しているのであるが、今日、いわゆる南北問題として理解されているのは、
(1)この水準が絶対的に低いこと(それは人間の基本的ニーズbasic human needsすら十分に満たしえない水準である)、
(2)北の先進国の成長と南の開発途上国の停滞、および人口増加率の相違によって、所得水準の南北間格差が拡大しつつあることがもたらす諸問題(たとえば南北間の緊張の激化)、
である。

 ところで、こうした問題の重要性が国際経済社会の意識に登場するようになったのは1960年代に入ってからのことである(第二次世界大戦直後の東西対立に加えて、国際経済社会にはいま一つの対立と緊張の源が存在するという関連で、イギリスロイズ銀行(現ロイズ・バンキング・グループ)頭取オリバー・フランクスOliver Franks(1906―1992)により初めて「南北問題」ということばが使用されたのは、1959年のことであった)。国際連合は1961年の第16回総会において1960年代を国連「開発の10年」と宣言し、その努力を開発途上国開発問題に傾注する方針を鮮明にしたし、OECDも同年その下部機構として開発援助委員会(DAC(ダック))を設け、開発途上国への資金援助体制を強化した。世界銀行(国際復興開発銀行=IBRD)がいわゆる第二世銀(国際開発協会=IDA)を創設し、開発途上国に対してきわめて緩い条件での融資活動に乗り出したのはその前年の1960年のことである。さらに、1963年には国際通貨基金(IMF)が開発途上国を対象に補償融資制度を導入し、1964年にはGATT(ガット)がその憲章に新章を付け加え、貿易上の譲許に関して先進国は開発途上国に互恵性を期待しない旨を明らかにした。そのうえ、1964年には、特筆すべきこととして、開発途上国のイニシアティブで、国連の場で開発途上国開発問題を総合的に議論し、先進国にこの問題への対応を迫る国連貿易開発会議UNCTAD(アンクタッド))の第1回総会が開催されている。それ以来、国際経済社会のあらゆる局面において南北問題の重要性が認識され、北からの経済援助の増額や、北側による特恵関税制度の導入など、次々にこの問題への対応策が打ち出されてきたのである。

[村上 敦]

開発途上国間での分極化

ところで、1960年代初頭から約40年が経過した時点において明らかになったことは、この間に一部の開発途上国が輸出指向的工業化政策をとることによって工業製品の対先進国輸出に成功し、これをてことして経済的離陸の道を歩むようになった反面、多くの開発途上国は依然として停滞し、発展しえぬままに所得分配の不平等化、貧困と失業の拡大という困難にさらされているという「南のなかでの分極化現象」である。この間、1970年代には産油開発途上国が二度にわたり石油戦略(人為的な石油価格の引上げ)を発動し、交易条件の大幅改善、巨額のオイル・ダラーの蓄積という結果を得るに至ったが、このような経済原則を無視した政治的戦略は長続きするはずがなく、需給両面での調整の結果、一時的には投機の対象となり、ガソリン価格の暴騰現象もあつたものの石油価格が低落し、産油開発途上国は依然として発展から取り残されたままである。ここでいう一部の開発途上国とは、いわゆる新興工業経済地域newly industrializing economies=NIES(ニーズ)、とりわけ韓国、台湾、香港(ホンコン)、シンガポールからなるアジア諸国のことである。これら諸国は1997年に深刻な経済危機にみまわれるが、それまでの目覚ましい経済発展は、これまで非西欧世界で近代化を実現しえた唯一のケースであった日本に加え、発展に関する新しいモデルを提示したものとして世界史的意義をもつものであるといわれている。

 したがって、このような背景のもとで開発途上国開発問題を論じるためには、NIESの実績を参照しながら、これら諸国の開発の要因を分析すること、また同じことであるが、開発から取り残されている多くの開発途上国の停滞の要因を解明することが必要であると思われる。

[村上 敦]

経済発展の諸要因

ここでは経済発展の契機を開発途上国からの工業製品輸出の成功に求め、工業製品の輸出競争力(価格競争力の背後にある生産コスト)を規定する要因を明らかにすることとしよう。

 工業製品の生産コストを決定する要因の第一としては、いわゆる「規模の経済効果」がある。これは、生産量が大きくなればなるほど単位当りコストが低下するという工業製品について広くみられる現象であるが、この場合、生産規模を決定するものは当該工業製品に対する需要の大きさ、したがって基本的には当該国の国内市場の大きさ(これはこれで開発途上国の場合、多くの人口や就業者を抱え、国内総生産の大部分を形成する農業セクターの発展の度合いに依存する)であるから、当該国の国内市場が広大であればあるほど(国内農業セクターの購買力が大きければ大きいほど)、そこへの販売を通じて工業製品はコストの引下げを実現することが可能となり、対外競争力を強化することができるのである。この意味で開発途上国における農業セクターの発展の程度は輸出指向的工業化を軸とする経済発展に対し重要なかかわり合いをもっているといってよい。

 要因の第二は「外貨の利用可能性」がもつ「コスト・ペナルティー回避の効果」である。一般に最終工業製品の工業化は、そのために必要な部品・中間財の輸入拡大を通して当該国の貿易収支を赤字にする傾向をもつのであるが、この場合、当該国が赤字を埋め合わせるに十分な外貨を保有していないとすると、工業化は貿易赤字を解消する目的で性急に部品・中間財の国産化に向かうことを余儀なくされ、最終工業製品のコストはこれらの性能に比して割高な国産部品や中間財の使用を通して一段と上昇することとなるのである(コスト・ペナルティー)。したがって、逆に当該国にとって利用可能な外貨が潤沢であれば、その国の最終工業製品は優秀にして割安な輸入部品・中間財の使用によりコスト・ペナルティーを回避することができ、それだけ対外競争力を維持することができるであろう。この意味において、開発途上国の経済発展にとり外貨の利用可能性、ひいては多くの場合外貨獲得の主要源泉となる一次産品輸出セクターの発展は、きわめて重要な役割を担っているわけである(一次産品が農産物である場合、開発途上国の農業は前述した「市場」に加えて「外貨」の点でも経済発展に大きく貢献することになる。このほか、農業は工業部門に対し「資本」「労働」さらには「食糧」を供給する源としても重要である)。

 しかしながら、今日、経済的離陸に成功したアジアNIESの現実をみると、これら諸国(とくに香港やシンガポール)が輸出指向的工業化の前段階において十分な「市場」(国内農業セクター)や「外貨」(一次産品輸出セクター)を保有していたとは思われない。それにもかかわらず、これら諸国は目覚ましい経済発展を実現しえたのである。この事実に着目するなら、経済発展にはさらに第三の要因が存在すると考えざるをえない。これは端的にいって当該国の人的資源がもつ「学習効果」である。生産に関係する人的資源(企業家、経営者、技術者、労働者)が生産の過程でしだいに生産技術や生産方法に習熟する場合、時間とともに生産コストが低下するという傾向は「学習効果」として古くから知られてきた法則である。この人的資源には経済政策の立案・実施に関与する政府のテクノクラートを含めてもよいであろう。アジアNIESは「自然資源」にこそ恵まれてはいなかったけれども、果断に政策を実行する「強い政府」と、旺盛(おうせい)な労働意欲と厳しい労働倫理をもつ「勤勉な国民」という両面において優れた「人的資源」には十分に恵まれていたのである。これら人的資源は後発性の利益を享受して技術の吸収や改良に関してもみるべき成果をあげてきた。まさに、アジアNIESの場合、その経済発展はこの第三の要因に大きく依存しているといってよいであろう。このような発展の「主体的」要因は、これら諸国のケースでは、「市場」や「外貨」という客体的要因での不利性を相殺して余りがあったわけである。

 しかしながら、アジアNIESにも弱点がないわけではない。これら諸国は、その工業製品輸出を軽工業品中心から重化学工業品中心へシフトさせるにつれて一つのボトル・ネックに直面しつつある。それは、重化学工業品、とりわけその中核となるべき組立機械工業製品の場合、最終組立品の輸出競争力が、これを底辺で支える多数の下請的中小企業群の存在と、それを含め最終組立親企業との間で形成されているピラミッド型生産構造の組織効率に依存しているにもかかわらず、アジアNIESにはなお十分な下請的中小企業が存在せず、それら相互間ならびにそれらと親企業との間の社会的分業関係が成熟していないという事実に由来するものである。そのために、アジアNIESからの重化学工業品の輸出が増加すればするほど、部品・中間財の輸入(とくに日本からの輸入)が増大し、アジアNIESはこの局面においてとくに対日依存度を高めていかざるをえないという結果が生じている。したがって、これからのNIESの発展にとっては、一方におけるコスト・ペナルティー問題に十分配慮しながら、自ら下請的中小企業群を育成し、自前の社会的分業を形成していくことが課題であるといえるであろう。

[村上 敦]

自助と援助

さて、新興工業国の発展に着目しながら以上のように経済発展の要因を析出した次の段階で明らかにされなければならないのは、このような開発途上国の経済発展に対し、北の先進国がどのようにかかわっていくべきであるかという問題である。この点に関し、まずいえることは、国内市場の拡大、外貨の獲得、学習効果の喚起、さらには社会的分業の形成、そのいずれもが一義的には開発途上国の「自助」にかかわる問題であるということである。開発途上国は自ら農業セクターの振興、一次産品輸出の拡大、人的資源の育成、下請的中小企業の助成などの方法によって上記課題の達成に努力しなければならない。しかしながら、こうした努力を前提としたうえで、これを補完する観点から先進国がなしうる協力や「援助」の分野が存在することもまた事実である。

 この場合、先に指摘した経済発展の要因分析から「援助」がなされるべき方向はすでに明らかであろう。まず第一に「市場」問題に関しては、先進国市場の開放が有力な援助の方向である。開発途上国の市場に先進国市場をつけ加えるべく、先進国は特恵関税の供与や積極的な産業調整を通じて自らの市場を開発途上国の工業製品に対して開放しなければならない。第二に「外貨」問題に関しては、先進国は一方において開発途上国からの一次産品輸入の拡大を通してその外貨獲得に貢献するとともに、他方において「政府開発援助」official development assistance(ODA)を中心とする資金援助を増額することにより、開発途上国にとっての外貨の利用可能性を拡大することができる。第三に「学習効果」問題に関しては、まずいわゆる「人づくり援助」の方向がある。専門家の派遣、留学生・研修生の受入れ、教育施設・教材の供与など、この分野での協力は長期的にみてきわめて意味のある協力分野である。さらに、より短期的には、たとえば日本からの合弁形式による海外直接投資が学習効果の向上に寄与するものと思われる。こうした企業進出は、利潤追求という事業経営の局面において、先進国・開発途上国双方の人的資源が直接接触する場面を用意するものだからである。最後に、アジアNIESが当面している社会的分業の形成という課題に関しては、さしあたり、たとえば日本からの下請的中小企業の進出が考えられてよいであろう。日本企業の進出は、進出先で今日不足しているものを補完するとともに、長期的には、技術移転を通して現地の中小企業の発展に資するはずである。

 このような「自助」と「援助」が組み合わされることによって初めて開発途上国の経済開発問題は進展するものと思われる。

[村上 敦]

『村上敦著『開発経済学』(1971・ダイヤモンド社)』『渡辺利夫著『開発経済学研究』(1978・東洋経済新報社)』『渡辺利夫著『成長のアジア・停滞のアジア』(1985・東洋経済新報社)』『渡辺利夫著『開発経済学』(1986・日本評論社)』『G・M・マイヤー著、松永宣明訳『国際経済学』(1985・文真堂)』『『国民経済雑誌』168巻5号村上敦著「貿易と経済発展――経済発展段階モデル再説」(1993・神戸大学経済経営学会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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