門脈圧亢進症性胃症

内科学 第10版 「門脈圧亢進症性胃症」の解説

門脈圧亢進症性胃症(胃・十二指腸疾患)

概念
 肝硬変などの門脈圧亢進症を背景に,肝障害の重症度,門脈血行動態の変化が関与する胃粘膜ないし粘膜下層のうっ血,血管拡張,浮腫を主体とする非炎症性疾患であり,内視鏡所見では発赤,浮腫を特徴とする.出血頻度は低いが食道・胃静脈瘤と同様に致命的な出血をみることがある.なお,PHGと類似する粘膜の変化はほかの消化管でも認められるため,総称して門脈圧亢進症性胃腸症(portal hypertensive gas­troenteropathy:PHGE)の概念が提唱されている.
内視鏡所見・分類
 McCormackらの分類(1985年)では,軽症PHGとしてfine pink speckling,superficial reddening,snake-skin (mosaic)appearance(図8-4-10),重症PHGとしてcherry red spots,diffuse hemorrhagic lesionがある.胃体上部(特に大弯側)や胃底部でおもに観察され幽門前庭部ではまれである.
病態生理
 門脈圧亢進が病態に最も関与している.一方,ガストリン・エンドセリンなどの液性因子が関与する胃微小循環障害,胃粘膜プロスタグランジン含有量の低下あるいはニトロオキサイド合成酵素の活性化など血管拡張因子の関与も想定されているが,いまだ明解な結論は得られていない.
疫学・発生率
 肝外門脈閉塞症例,Child C症例,大きな側副血行路のない症例,左胃静脈遠肝性血流症例,高度の食道静脈瘤などで認められる傾向がある.門脈圧亢進症における発生頻度は,ばらつきが大きく約50~90%である.また,重症度では軽症PHG 49%,重症PHG 14%,出血頻度では重症PHG 27%,重症PHG 75%との報告がある.
病理
 炎症所見はなく胃粘膜にびまん性に拡張した毛細血管細静脈,細胞間隙性浮腫,細動脈壁の肥厚,直線化や非螺旋化,さらに静脈の動脈化や胃粘膜下層の動静脈シャントも認められる.なお,拡張した毛細血管(capillary ectasia)の破綻赤血球漏出により粘膜内出血が起こり,引き続き消化性機序による粘膜破綻で,胃腔内に出血すると推測されている.
臨床症状
 貧血症状のみのことが多い.出血は多くが重症PHGに起因する.潜在的,間欠的,あるいは大量とさまざまであるが,ときに致命的となる.
診断・鑑別診断
 内視鏡検査で容易に診断可能だが,軽症PHGと表層性胃炎との鑑別が困難なこともある.食道・胃静脈瘤に比較すると,出血の原因としての認識が低いために観察を怠りがちである.門脈圧亢進症では,種々の胃粘膜病変が高頻度に出現する.たとえば,肝硬変での潰瘍やびらん,肝細胞癌に対する肝動脈塞栓術や肝動注化学療法に続発する急性胃粘膜病変などである.PHGはこれらの病変と併存することも多く注意が必要である.
経過・予後
 食道・胃静脈瘤や肝癌の治療による門脈血行動態の変化などで増悪する傾向がある.機序として,供血路(胃-食道-奇静脈短絡路)への治療(塞栓)効果によるうっ血の増強が考えられる.また,胃腎短絡路で代表されるmajor shuntは,胃静脈瘤の供血路である後胃・短胃静脈系の内圧上昇を緩衝し,PHGに対して抑制的に働いているためバルーン下逆行性経静脈的塞栓術後にPHGの増悪を認めることがある.
治療
 治療対象は出血を伴うPHGである.門脈圧降下(プロプラノロールバソプレシンソマトスタチンなど)や胃粘膜破綻予防,胃排泄能改善など複雑な病態に対する治療が基本となる.プロプラノロールはβ2遮断作用による内臓血管収縮作用を有し,門脈圧降下作用と胃粘膜うっ血緩和作用が期待されるが,十分な根拠は示されていないのが現状である.また,大量出血後の循環動態が不安定な症例には,代償作用を抑制(心拍出量低下を惹起)して肝血流量減少の可能性があるため注意が必要である.一方,門脈大循環吻合術は手術による侵襲肝性脳症,肝機能増悪などが危惧され,経頸静脈的肝内門脈静脈短絡術は静脈瘤や難治性腹水のほかPHGにも有効とされるが,短期間での短絡路閉塞や肝性脳症が問題となる.[長嶺伸彦]
■文献
Cubillas R, Rockey DC: Portal hypertensive gastropathy: a review. Liver Int, 30: 1094-1102, 2010.
McCormack TT, Simms J et al: Gastric lesions in portal hypertension: inflammatory gastritis or congestive gastropathy? Gut, 26: 1226-1232, 1985.
Obara K: Portal hypertensive gastroenteropathy. Gastroenterol Endosc, 49: 305-13, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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