錦見村(読み)にしみむら

日本歴史地名大系 「錦見村」の解説

錦見村
にしみむら

[現在地名]岩国市錦見一―三丁目・同六丁目

にしき川の北岸で岩国山南麓に位置し、東は室木むろのき村、西は岩国城下錦見の町地。

寛永二〇年(一六四三)に岩国庄を分割してできた小村の一で、慶安四年(一六五一)の「御領分村一紙」に村名がみえる。錦見の地名伝承を「享保増補村記」は「往古天智天皇筑紫行幸ノ時、向山ノ躑躅花、川水ニウツリタルヲ叡覧アリテ、錦ヲ見ルガゴトシト仰セアリケル故、錦見ト称スル由記セル書アリ」と記す。錦見という地名は中世にさかのぼり、その初見は天文二四年(一五五五)閏一〇月、毛利元就父子が連名で諸卜軒に与えた文書(「閥閲録」所収)で、「岩国錦見内拾石足、本庄之内隆兼領分五石足(中略)給地宛行候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報