EBM 正しい治療がわかる本 「鉄欠乏性貧血」の解説
鉄欠乏性貧血
●おもな症状と経過
鉄は赤血球をつくる際に必要とされるものです。鉄が不足すると十分な量の赤血球をつくることができず、赤血球のなかに含まれるヘモグロビンの量も減ってしまいます。ヘモグロビンは血液のなかで酸素を運搬する役目を担っており、不足すると臓器や筋肉に十分な酸素を送り届けることができません。これが鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)と呼ばれる病気で、貧血のなかでももっとも高頻度(こうひんど)にみられます。
貧血によって身体組織への酸素の供給が減少すると、倦怠感(けんたいかん)、疲労感、息切れ、動悸(どうき)、顔面蒼白(がんめんそうはく)、立ちくらみ、狭心症などの症状がおこります。また、飲み込みにくくなることや、爪がさじのように反り返った状態になり、舌炎(ぜつえん)、口角炎(こうかくえん)などが現れます。氷をガリガリかじりたくなることがあります。
●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
鉄欠乏性貧血は、鉄の供給量と需要量(喪失量)のバランスが崩れてしまうことによって生じるものです。原因は、以下の4つに分けられます。
① 鉄の摂取不足(栄養不足、偏食)。
② 鉄の吸収障害 消化管からの吸収障害(胃切除後、吸収不良症候群など)。
③ 成長期や妊娠による鉄需要の増大。
④ 慢性出血性疾患による鉄喪失量の増加。
一番多い原因は消化管からの出血性疾患によるもので、1日に2ミリリットルずつの慢性的な出血があると、鉄の供給量が需要量(喪失量)を下まわり、貧血をおこします。また、成人女性では月経過多のために鉄欠乏性貧血が多いと報告されています。
●病気の特徴
女性に多い病気です。日本の成人女性の健康診断のデータでは、鉄欠乏性貧血は8.5パーセント、特に40代前半の女性では17.2パーセントと報告されています。(1)
よく行われている治療とケアをEBMでチェック
[治療とケア]原因となる病気の治療を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 鉄欠乏性貧血の約半数が、消化管からの出血でおこると報告されています。特に50歳以上の男性と閉経後の女性の場合は、胃がん、大腸がんによる出血が原因となる可能性があるため、上部消化管内視鏡などの消化管の評価が推奨されています。女性の場合には、月経過多による貧血が多いと報告されています。しかし、婦人科疾患に伴う不正性器出血が原因である可能性があるため、婦人科医による診察が必要です。出血の原因を診断、特定して治療することが、鉄剤補充後の貧血の再発を防ぎます。(2)(3)
[治療とケア]経口鉄剤による治療を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善します。信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。しかし、経口鉄剤を処方された患者さんの多くが、気持ちが悪くなるなどの副作用を経験し、内服をやめてしまいます。このため、医師と相談して、鉄の吸収そのものは低下するが夕食中に食事と一緒に内服する、胃薬を併用する、インクレミンシロップ(鉄剤を含むシロップ剤、おもに小児用に使用されている)を試す、吐き気がなく調子のいい日だけでも内服するなどの工夫をする必要があります。どうしても服用できない患者さんでは静脈注射で鉄剤を補うこともあります。(4)(5)
[治療とケア]内服中、内服後の経過観察
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 鉄剤の内服を開始して7~10日で、血液中につくられたばかりの赤血球である網状赤血球が増えてきます。血液検査で、この網状赤血球が確認できれば、鉄剤の内服が効果的であったと判断できます。およそ3週間でヘモグロビンの値が上昇してきます。継続的に血液検査を行い、ヘモグロビンの値や貯蔵鉄(フェリチン)の値を確認する必要がありますが、経過観察の適切な期間などは明らかになってはいません。(3)
よく使われている薬をEBMでチェック
経口鉄剤(2)(3)
[薬名]フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]フェルム(フマル酸第一鉄)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]フェロ・グラデュメット/テツクール(硫酸鉄)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]インクレミン(溶性ピロリン酸第二鉄)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善することが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。
静注鉄剤(2)(3)
[薬名]フェジン(含糖酸化鉄)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] どうしても経口鉄剤が服用できない場合は、鉄剤の静脈注射を行うと効果のあることが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。アナフィラキシーショックのリスクがあるため、とくに初回投与時は、医療従事者の注意深い観察が必要です。(6)(7)
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
鉄欠乏になった原因を明らかにする
鉄の摂取量不足、吸収不良、出血(とくに消化管出血、成人女性での月経)、需要の増加(成長期、妊娠)などのうち、どれが原因なのかを明らかにしなければ、根本的な治療はできません。
鉄を補えば貧血の一時的な改善は可能
診断は、血液検査で確定できます。国際的な基準では血液中に貯蔵されている鉄であるフェリチンが10~15ナノグラム/ミリリットルを切った場合、鉄欠乏性貧血と診断します。この値が、赤血球を産生している骨髄内の鉄の値とよく相関するからです。日本鉄バイオサイエンス学会の鉄欠乏性貧血の診断基準は、ヘモグロビン12グラム/デシリットル未満、総鉄結合能(TIBC)360マイクログラム/デシリットル以上、かつフェリチン12ナノグラム/ミリリットル未満であり、国際的な基準とも一致しています。診断がつけば、鉄剤によって鉄を補うことで貧血状態を改善することが可能です。(8) (9)
鉄剤は経口摂取が基本
鉄の補給は、鉄の含有量が多い食物の摂取と、鉄剤の経口薬の服用によることが一般的です。なお、鉄剤の静脈注射は、アナフィラキシーショック(呼吸困難や血圧低下などをおこす急激なアレルギー反応)の副作用の可能性があるため、はじめて使用する場合は、注意深い観察のもとで行う必要があります。
(1)内田立身, 河内康憲, 坂本幸裕, 他: 日本人女性における鉄欠乏の頻度と成因にかんする研究1981年~1991年の福島・香川両県での成績. 臨床血液. 1992; 33: 1661-1665.
(2)Goddard AF, James MW, McIntyre AS,et al.; British Society of Gastroenterology.Guidelines for the management of iron deficiency anaemia. Gut. 2011 ;60:1309-16.
(3)SHORT MW, DOMAGALSKI JE. Iron Deficiency Anemia: Evaluation and Management. Am Fam Physician. 2013;87:98-104.
(4)Kaffes AJ. Iron deficiency anaemia: a review of diagnosis, investigation and management. Eur J GastroenterolHepatol. 2012;24:109-16.
(5)Cancelo-Hidalgo MJ, Castelo-Branco C, Palacios S,et al.Tolerability of different oral iron supplements: a systematic review.Curr Med Res Opin. 2013;29:291-303.
(6)Wysowski DK, Swartz L, Borders-Hemphill BV, et al. Use of parenteral iron products and serious anaphylactic-type reactions.Am J Hematol. 2010 ;85:650-4.
(7)Rampton D, Folkersen J, Fishbane S, et al.Hypersensitivity reactions to intravenous iron: guidance for risk minimization and management.Haematologica. 2014;99:1671-6.
(8)Guyatt GH, Oxman AD, Ali M, Willan A, et al. Laboratory diagnosis of iron-deficiency anemia: an overview.J Gen Intern Med. 1992 ;7:145-53.
(9)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針第2版. 響文社. 札幌. 2009.
出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報