酵母菌類(読み)こうぼきんるい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「酵母菌類」の意味・わかりやすい解説

酵母菌類
こうぼきんるい

酵母イースト)は真核性生物であり、従属栄養性の生物である。酵母ということばは分類学上の用語ではない。一般に、菌類はカビ、酵母、キノコの三つのグループに分けるが、キノコは子実体を形成するため理解は簡単になされるので、しばしば、カビと酵母は相対的に取り扱われるようになった。それぞれの特徴は、カビは気中菌糸(空気中に突き出した菌糸)を形成し、自然界でも試験管のなかでも、外観が毛状(毛羽立つ)の集落(コロニー)を形成する。これに対して、酵母は気中菌糸をつくらず、生活環の大部分を単細胞で過ごし、集落の外観が泡状か粘質状である。また、体制は葉状体(Thallus)とよばれる栄養型細胞(おもなものは菌糸体)と繁殖細胞である胞子より構成される。

 歴史的にみると、酵母はぶどう酒やパンをつくるサッカロミセス・セレビシエSaccharomyces cerevisiaeのことを意味する時代より始まり、しだいにその範囲は広がっていった。サッカロミセス・セレビシエが子嚢(しのう)胞子を形成することから、子嚢胞子を形成する酵母を有胞子酵母、子嚢胞子を形成しないものや観察できないものを無胞子酵母とよぶ時代が続いた。しかし1967年、坂野勲(ばんのいさお)によって担子菌類の酵母が明らかにされ、さらに、培養技術の発展と細胞学的研究が進み、シロキクラゲのような子実体(キノコ)を形成するものまで酵母として取り扱われるようになり、類縁性もわかるようになった。同じように植物寄生菌であるプロトミセスProtomycesやタフリナTaphrinaなどを子嚢菌酵母とし、クロレラ(藻類の一種)由来とするプロトテカProtothecaも酵母として取り扱うようになった。

 しかし、前述のように酵母は分類学上の用語ではなく、カビやキノコと同じように一般用語であり、厳密な定義を考えて使われることがない。通常はサッカロミセス・セレビシエの性質を考慮に入れ表現されることが多い。サッカロミセス・セレビシエのおもな性質は次のようである。(1)生活環の大部分を単細胞で過ごし、出芽によって増殖する、(2)外観が泡状であり、気中菌糸をつくらない、(3)アルコール発酵を営み、糖類からエタノールエチルアルコール)と炭酸ガスをつくる、(4)裸の子嚢を形成し、子嚢殻のような外側の組織をつくらない。このため、学者によって酵母についての範囲は異なる。

 酵母は自然界の至る所に分布、繁殖する。土壌、海水、淡水、高等植物の果実、花、茎、葉の表面(植物病原性酵母は茎葉の内部寄生)、広葉樹幹の傷口より溢出(いっしゅつ)する樹液中、高等動物の体の内外ならびに排泄(はいせつ)物などに存在、繁殖する。地理的分布もきわめて広範囲で、極地から熱帯、地下から上空まで垂直分布も、他の菌類に比べ広い。自然界の生態系のなかでは、おもに糖類などの分解者として携わるので、物質循環の初期分解者としての役割を果たしている。

 清酒、ビール、ぶどう酒などアルコール飲料の醸造、パンの製造、食用・薬用・飼料用酵母の製造、核酸の製造など工業的に利用され、産業的役割は大きく重要である。なかには、ヒトを含む高等動物に寄生し、カンジダ症、クリプトコックス症などの疾病の原因となる酵母もある。

[曽根田正己]

生殖

酵母菌類の栄養摂取は細胞膜を通して行われ、栄養となりうるものは水溶性のものに限られる。吸収された栄養分は細胞中の酵素によって分解され、細胞の構成ならびに増殖のために用いられる。窒素源としては、窒素化合物アミノ酸などの有機物などを広く利用し、核酸、タンパク質、ビタミンなどを形成することができる。アンモニア態窒素は最良の窒素源であるが、硝酸塩については種によって対応が異なる。尿素は通常、アンモニアと炭酸ガスに分解し利用されるが、核酸塩基やタンパク質は菌体内に取り込むことはできない。炭素源としては、糖類、エタノール、糖アルコール、有機酸などを同化(資化)可能であるが、種によって対応が異なる。ブドウ糖を同化できない酵母は知られていない。近年、炭化水素を同化し、増殖する酵母が発見された。とくに石油系炭化水素を利用し、工業的に生産したタンパク質はシングルセルプロテインとよばれる。アルコール発酵は酵母の生活の一様式であり、酵母は炭水化物をエタノールと炭酸ガスに分解する際に基質から遊離する自由エネルギーをATP(アデノシン三リン酸)としてとらえ、これを利用することによって、酸素欠乏の状態のなかで生育する。アルコール発酵については種によって対応が異なり、アルコール発酵をまったく行うことのできない酵母も多い。炭素源からアルコール発酵を行う酵母はかならずブドウ糖を発酵する。

 酵母菌類は、本来有性生殖世代と無性生殖世代の世代交番がある。有性世代には子嚢のなかに子嚢胞子が形成される菌群と担子柄(前菌糸)上に担子胞子(スポリデア)が形成される菌群とがある。子嚢胞子には球形、楕円(だえん)形、山高帽子形、針状、スポーツ帽子形などさまざまな形があり、子嚢中の数は1~4個の場合が多いが、8個以上多数にわたるものがある。担子柄は通常、棍棒(こんぼう)形のものが多いが、隔膜のあるものとないものとがあり、担子菌類に特有なものとされる。「かすがい構造」をもつものとないものとがある。担子胞子の多くは球状である。

 有性生殖には雌雄同株と雌雄異株の2通りがあるが、一般的には雌雄同株である。

 無性世代の細胞は、球形、卵形、長卵形などの単細胞状の場合と、隔膜をもたない仮性菌糸、明瞭(めいりょう)な隔膜がある真正菌糸を形成するもの、種によっては分生子柄に似たストーク(柄)ができ、その上に分生子が形成されるものなどさまざまなものがある。

 寒天培地上では通常は乳白色またはクリーム色、種によっては赤色やピンク色となる。泡状、糊(のり)状となることが多い。

 酵母菌類の細胞構造は他の菌類と同様に発達したものである。細胞壁は比較的厚く、強固で、グルカンとマンナンを主体とし、少量のグルコサミン、タンパク質や燐(りん)を含む。核は核膜をもち、核分裂は有糸分裂による。細胞質は厚形質膜に囲まれ、核のほか、液胞、ミトコンドリア、酵母グリコーゲン、脂質粒、好塩基性粒子がある。タンパク質は30~70%である。

[曽根田正己]

分類

カーツマンCletus P. KurtzmanとフェルJack W.Fellの著書『The Yeasts, 4th ed.』(1998)によると、酵母菌類は(1)子嚢菌類酵母とその不完全(アナモルフ)型、(2)担子菌類とその不完全(アナモルフ)型、(3)藻類由来の酵母の3群に分類される。

 子嚢菌酵母(網)は原生子嚢菌類(目)、真正子嚢菌類(目)、半子嚢菌類(目)の3群に分類され、原生子嚢菌類にはシゾサッカロミセス属Schizosaccharomyces(分裂酵母)やプロトミセス属Protomyces、タフリナ属Taphrinaの植物病菌がある。真正子嚢菌類には菌糸状細胞が発達したエンドミセス属Endomycesがある。半子嚢菌類は、従来から酵母といわれ、狭義の酵母ともいわれるもので53属がある。とくに、サッカロミセス属Saccharomycesには酵母の代表種であるサッカロミセス・セレビシエS. cerevisiaeがある。本種は清酒酵母、ビール酵母、ワイン酵母、パン酵母とよばれる。子嚢菌酵母の不完全型には12属がある。有性世代である子嚢胞子を確認できないグループで、種類数で、酵母菌類中最大のカンジダ属Candidaが含まれる。カンジダ・アルビカンスC. albicansはヒトのカンジダ症の病原菌である。

 担子菌酵母は異(型)担子菌類(網)に属し、19属がある。フィロバシデエラ属Filobasidiellaにはヒトのクリプトコックス症の病原菌F. neoformans(不完全型クリプトコックス・ネオフォルマンスCryptococcus neoformans)があり、キノコ(子実体を形成する)であるトレメラ属Tremellaがこのグループに含まれている。

 担子菌酵母の不完全型には21属がある。ロドトルラ属Rhodotorula、トリコスポロン属Trichosporonがある。担子菌酵母にはカロチノイド色素をもっている赤色酵母が含まれている。ロドスポリデウム属Rhodosporidium、スポリデオボルス属Sporidiobolus、キサントフィロミセス属Xanthophyllomycesがあり、不完全型にはファフィア属Phaffia、ロドトルラ属Rhodotorula、スポロボロミセス属Sporobolomycesがある。

[曽根田正己]

『玉置日出夫編『21世紀に向かう酵母研究』(1994・学会出版センター)』『C. P. Kurtzman, J. W. FellThe Yeasts ; a taxonomic study, 4th ed. (1998, Elsevier, New York)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「酵母菌類」の意味・わかりやすい解説

酵母菌類
こうぼきんるい
yeasts

もとは酵母中の,アルコール発酵の能力を有する単細胞の菌類をさしたが,近年研究が進むにつれ,自然界にはアルコール発酵と無関係に生活する類縁のものが多数発見されたので,今日では普通これらのものをみな含めて呼んでいる。従来の狭義の酵母菌類にはビール,日本酒,ぶどう酒の醸造に関する酵母菌が入れられ,分類学上は Saccharomyces cereviciaeおよびその変種として取扱われている。広義の酵母菌類には多くの種類があり,その生活史中に子嚢形成が確認されているものを子嚢酵母菌とし,未確認のものを無子嚢酵母菌としている。子嚢酵母菌には前記サッカロミケス Saccharomycesをはじめとして約 30属が含まれ,無子嚢酵母菌には 10属以上が知られている。また後者のなかには単細胞でありながら,ある時期になると細胞が細長化したり,またそれらが長くつながって菌糸状になるものがある。そのほか無子嚢酵母菌類にはバリストスポーア ballistosporeと称する有柄の胞子を生じ,これを成熟時に投射するもの (例:スポロボロミケス Sporobolomyces) がある。自然酵母菌は樹液,花蜜,果実をはじめとして広く土壌,動物の糞などからきわめて普通に分離でき,適当な培養基上に白,黄,赤などそれぞれの色の粘液性のコロニーを生じることが多い。なお酵母菌類のカンジダ Candida,クリプトコックス Cryptococcusのうちには人体および家畜の病原をなすものも知られている。

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