日本大百科全書(ニッポニカ) 「遺棄」の意味・わかりやすい解説
遺棄
いき
遺棄とは、要保護者(老年者、幼年者、身体障害者、病者など保護を必要とする者)の生命や身体の安全を危険にさらして監護義務を放棄している状態をさす。刑法上では、遺棄罪(217条~219条)として処罰の対象となる。また乳幼児や児童に対する遺棄は、児童虐待におけるネグレクト(育児放棄)に該当する。
戦前は、遺棄の一種として堕胎や嬰児(えいじ)の間引きに加えて捨て子や人身売買が、とくに飢饉(ききん)後の農村で横行し、身売り奉公先で遊女(娼婦)が病にかかり放置されて亡くなることも多かった。
遺棄には、扶養義務者の家出(蒸発)も含まれる。家出の原因として借金や愛人宅へ生活の場を移すなどがあげられるが、これらの扶助義務や同居義務に不当に違反する家出は「悪意の遺棄」(民法770条)として離婚事由の一つに該当する。またコインロッカーに子どもを捨てる事件(1973)など、要保護者のなかでも乳幼児を対象とした置き去り(捨て子)は保護責任者遺棄罪(刑法218条)として処罰対象となる。その他、熊本市の私立病院に「赤ちゃんポスト」(2007)が設置されて以降、保護責任者の乳幼児の遺棄に対する社会的な関心が高まっている。
遺棄には、家族間の葛藤(かっとう)や扶養意識の希薄化などとともに、非正規雇用の増加や就職難などの生活の困窮化も密接にかかわっている。今後は、扶養義務者の遺棄に対する責任の追及だけではなく、要保護者に加えて扶養義務者をいかに社会全体で見守り支えていくかが課題となる。
[作田誠一郎]