遡河魚(読み)ソカギョ(英語表記)anadromous fish

デジタル大辞泉 「遡河魚」の意味・読み・例文・類語

そか‐ぎょ【遡河魚/×溯河魚】

産卵のために海から川へさかのぼる魚。サケマスなど。昇流魚。さっかぎょ。⇔降河魚

さっか‐ぎょ〔サクカ‐〕【遡河魚】

そかぎょ(遡河魚)

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「遡河魚」の意味・わかりやすい解説

遡河魚 (そかぎょ)
anadromous fish

魚類はすんでいる場所により海産魚と淡水魚に分けられるが,多くの魚の中には,一生のうちのある特定の時期を海洋で,その他の時期を淡水で過ごすものがある。そのような魚のうち,主として海洋で成育し,産卵を淡水中で行うものを遡河魚または昇河魚という。カワヤツメチョウザメ,サケ,イトヨなどがその例。その反対に,淡水中で成長し,産卵期に近づくと川を下って海に出,海洋中で産卵するものを降河魚または降海魚catadromous fishという。ウナギがその典型的例である。アユは河川の中流ないし上流で十分な成長を遂げ,秋口から川を下り始めて下流域で産卵し,孵化(ふか)した稚魚は海に流れ下って寒い冬の間を岸近くの海洋中で過ごし,川の水温がぬるみ始めるころから川をさかのぼる。このように,アユの場合はウナギのような降河魚とはだいぶ違うので両側回遊魚amphidromous fishと呼ばれる。上記の遡河魚,降河魚および両側回遊魚を総称して通し回遊魚diadromous fishというが,これは淡水域だけを回遊する河川回遊魚potadromous fish,海の中だけを回遊する海洋回遊魚oceanodromous fishに対することばである。ボラ,クロダイスズキなどは幼魚期に川をさかのぼることがあるが,これらの行動はむしろ任意的なもので,生活史の一定の時期に淡水域に,または海水域にはいるというような規則性はないので,川をさかのぼった場合でも一般には遡河魚とか降河魚とは呼ばない。

 魚類が地球上に姿を現して以来,長い地質年代の間にいくどとなく起きた地殻変動,気候変化,水界の環境変化,さらに他生物との競合,魚自身の適応能力など,さまざまな要因によって,生き残り得た魚それぞれの生息分布域も決まってきたものであり,遡河魚にせよ降河魚にせよそのような地質年代にわたる歴史的な過程を習性にとどめているものと考えられるが,両者とも淡水と海水とのいずれにも適応しうる能力を本来備えた魚であることはいうまでもない。

トゲウオの1種であるイトヨは海で冬を過ごし,春になると川をさかのぼって,淡水中で巣をつくって産卵し,秋になると再び海に下るという習性をもっている。この冬のイトヨを実験的に海水から淡水中に移してみると,血液の浸透圧は急激に低下し,4時間の間に20%以上減少する。これに対して,春のイトヨは淡水に移して2時間の間に約10%減少するが,その後回復して4時間後には元の値にもどる。しかし,冬のイトヨにあらかじめプロラクチン脳下垂体前葉ホルモンの一種)を注射しておくと,淡水に移した場合の浸透圧の変動が春のイトヨとまったく同じである。これはプロラクチンが淡水中でえらからのナトリウムイオンNa⁺の流失と水の流入とを妨げる作用をもつためであり,川をさかのぼる時期の春になるとイトヨの脳下垂体からプロラクチンの分泌が盛んになることを意味している。また,尿の浸透圧は魚が海水中にいる場合は高く,淡水中では低いのであるが,冬のイトヨを淡水に移しても尿の浸透圧は際だって低くならないのに反して,春のイトヨは淡水中に移すと短時間のうちに淡水に十分適応した魚と同じ程度まで低くなる。この点についても,冬のイトヨにあらかじめプロラクチンを注射してから淡水に移せば,春のイトヨと同様に浸透圧が低くなる。また,冬のイトヨを海水中で飼育しながら長日処理を施す,つまり1日のうち16時間ずつ照明して人工的に昼間を長くしてやると,その刺激によって魚は脳下垂体からプロラクチンを盛んに分泌して淡水中で生活できるようになる。このことは自然状態でも冬から春に向けて日照時間が長くなり,それが刺激となってプロラクチンの分泌量が増すことを意味し,これが春のイトヨの淡水に適応できる理由である。

 このように遡河回遊に先だってプロラクチンの分泌量が増すことはイトヨだけでなく,ウナギの稚魚やサケなどでも同様である。しかし,遡河回遊を起こす引金として働いているのはプロラクチンではなく,甲状腺ホルモンチロキシン)が少なくともその一つであろうと考えられている。冬のイトヨをチロキシン溶液中に数日間入れておくと淡水を好むようになるという実験結果もこれを支持する。

 海産魚は淡水魚と反対に体液よりはるかに高い浸透圧をもった海水中で生活しているので,つねに脱水とともに過剰の塩類の侵入を受けることになる。これに対して魚は海水を飲んで腸から水を吸収し,過剰の塩類はえらの塩類細胞から排出し,また尿中にも捨てている。これらは主として間腎腺(高等脊椎動物副腎皮質に当たる)から分泌されるホルモンのコルチゾルによって調節されている。降河回遊をする魚類は,これに先だって海水中での浸透圧調節が可能となるような準備をし,間腎腺でのコルチゾルの生産も活発になる。同時にまた甲状腺機能が高まり,チロキシンの分泌量が増加することはサケ・マス類の幼魚,ウナギなどでも知られている。また,これに伴ってサケ・マス類の幼魚は皮膚にグアニンが多量に沈着して銀色に輝やき,ウナギは背側が漆黒色となり腹面がグアニンによって銀色を呈するというように,体色の特異な変化を示す場合が多い。

 遡河回遊,降河回遊のいずれについても甲状腺の機能が重要な関係をもつことは上述したが,チロキシン以外のいくつかのホルモンも回遊の開始に関係している可能性が指摘されている。内分泌腺の機能はつねに一定ではなく季節による波があり,機能の高まる季節は魚種によって差異がある。回遊の時期が魚によって異なる理由もこのためと思われる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「遡河魚」の意味・わかりやすい解説

遡河魚
そかぎょ
anadromous fish

海洋で餌(えさ)をとって成長し、産卵のために河川または湖へ回遊する魚類をいう。遡上魚(そじょうぎょ)ともいい、ウナギのように産卵のために海へ下る降河型の魚と対比して用いる。多くは、大きくて粘着性の卵を産み、河川または湖沼に陸封される個体をもつ。ワカサギ、シシャモ、シラウオなどは沿岸域にいて、春に川をさかのぼって河口域で産卵する。海に入ったイトヨは沿岸で越冬したのち、3月ごろに遡上して標高100メートル以下の下流域で産卵する。ウグイも内湾にすみ、春に川で産卵する型がある。

 ヤツメウナギ類、チョウザメ類、サケ・マス類は、海で1年から数年間生活して大きく成長し、川へ帰って上・中流域で産卵する。とくにサケ・マス類は母川へ帰る習性があり、これを母川回帰という。同じ種類でも、種族によって川をさかのぼる季節や、体の大きさ、形態にも違いがあり、それらの形質が子孫に遺伝される。系統的にかけ離れたこれらの魚類間に、共通して、それぞれ産卵する季節をずらした種族があることは興味深く、洪水その他の天災、病気などによる被害を分散させる効果がある。また、種族間での漁期の最盛期の差は魚価の安定につながる。

[落合 明・尼岡邦夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「遡河魚」の意味・わかりやすい解説

遡河魚
そかぎょ
anadromous fish

昇河魚ともいう。サケ,マス,アユなどのように産卵のため川にのぼる魚。ただし,淡水中で産卵も含めての一生をおくるように生活史が変化したものもあり,これは陸封型といわれる。たとえばヒメマスはベニザケの陸封型である。これに対して,ウナギのように普段は淡水域で生活していて,産卵のために海へ下る魚類を降河魚 catadromous fishという。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android