道徳劇(読み)どうとくげき(英語表記)morality play

翻訳|morality play

改訂新版 世界大百科事典 「道徳劇」の意味・わかりやすい解説

道徳劇 (どうとくげき)
morality play

教訓劇〉とも訳される。真,善,美,信仰,悪,虚栄,放蕩などの抽象概念擬人化して主要人物とした宗教劇で,多くは民衆啓蒙と道徳的教訓を与え,また人間の魂の救済を説くものである。イギリス,フランス,ドイツ,オランダなどヨーロッパの中世末期(14~16世紀)に,いわば説教にいくらか喜劇的脚色を加えたものとして栄えたが,作者は性質上たいていは聖職者であった。フランスではもとは道徳的教訓文学一般がmoralitéとよばれたが,のちにはこれらの道徳・教訓的比喩劇もそうよばれ,ときには他の宗教劇や茶番狂言も同じ名でよばれた。イギリス(系)の《エブリマンEveryman》《忍耐の城The Castle of Perseverance》,フランスの《酒宴の報いLa condamnation de banquet》などがよく知られた作品である。たとえばイギリス系(もともとオランダにあったものといわれる)の《エブリマン》はH.vonホフマンスタールの改作(1911)や,近代の復活上演でも知られているが,その内容は,不意に死神におそわれたエブリマン(人間一般の擬人化)があわてふためき,家族,友情,富などに身代りや援助をたのむが無駄で,最後には聖母マリアの取りなしでやせ細った善業知恵と信仰にともなわれて死出の旅路につくといったものである。天使コーラスと司祭の結辞と神への祈りで劇は終わる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「道徳劇」の意味・わかりやすい解説

道徳劇
どうとくげき
morality play 英語
Moralitäten ドイツ語

西洋中世末期から近世初頭にかけて盛んであった演劇一種。個々人の良心に訴え、悔い改めを促す教訓的性格が濃い。聖書や教理を伝えるためではないから狭い意味の宗教劇とはいえない。特定のだれかではなく、人間一般を代表する主人公の写実的な表現と、アレゴリーallegory(徳・悪徳・幸福・財産・死などの概念を役名とする寓意(ぐうい)的な登場人物たち)に特徴がある。1425年イギリスの『忍耐城』、1476年フランスの『正しい人と俗な人』が有名であるが、代表的なものは15世紀末イギリスの『エブリマン』(刊本初版1529)である。これにはほとんど同じ時期に同じ素材によるオランダ語の『エルケルック』があるが、どちらが源であるかはわからない。金持ちのエブリマン(人)が突然「死」の来訪を受ける。それまでの友人たち(「美」「力」「富」)に見放され、「善業」だけを供として神の裁きの前に立つ。この善業の効果をめぐって宗教改革期には神学的論争劇にもなった。エブリマン素材のドイツ語版である『イェーダーマン』では1549年のハンス・ザックスによるものが知られている。現代ではオーストリアのホフマンスタールが英語版からドイツ語に訳した『イェーダーマン』(1911)が、1920年以来ザルツブルク祝祭劇として今日まで毎夏上演されている。

[尾崎賢治]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「道徳劇」の意味・わかりやすい解説

道徳劇
どうとくげき
morality play

中世演劇の1つ。 15~16世紀,啓蒙と道徳的教訓を目的として演じられた寓意劇。美徳や悪徳,死,友情などの抽象観念を登場人物とし,人間の魂が救済の道にいたるまでの葛藤を象徴的に描く。ヨーロッパの中世劇が,各地の言語による世俗劇へと展開する接点をなす。代表作は,15世紀末のオランダの原作からイギリスで翻案された『エブリマン』 Everyman。 20世紀になって,中世劇への関心が高まり,道徳劇や奇跡劇の復活上演が行われるようになったが,『エブリマン』も 1901年ロンドンで上演され評判になった。また M.ラインハルトは,20年ザルツブルク祝祭において,H.ホーフマンスタールによる『イェーダーマン (人間) 』を野外の広場で上演して成功,以後この劇の上演はそのフェスティバルの恒例となった。

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百科事典マイペディア 「道徳劇」の意味・わかりやすい解説

道徳劇【どうとくげき】

中世末期,ヨーロッパに流行した庶民的な宗教寓意(ぐうい)劇morality play。英国の《エブリマン》など。さまざまの寓意を役柄とする人物を登場させ,勧善懲悪的結末によってキリスト教的道徳観を教化しようとするもの。他の宗教劇に比べて劇的要素が強い。

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世界大百科事典(旧版)内の道徳劇の言及

【イギリス演劇】より

…奇跡劇の最盛期は14世紀から15世紀半ばまでである。14世紀後半から16世紀にかけては,教訓的な道徳劇が固定した舞台で演じられた。この劇には〈善〉とか〈悪〉などの抽象観念が擬人化されて登場する。…

※「道徳劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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