運命(吉凶の巡り合わせ)(読み)うんめい(英語表記)fate 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

運命(吉凶の巡り合わせ)
うんめい
fate 英語
destiny 英語
fatalité フランス語
destin フランス語
Schicksal ドイツ語

人知人力を超えた吉凶の巡り合わせ。人生に重大な影響を及ぼす個別的な事柄について、当人にとっては偶然的なものとして現れるが、事柄そのものとしては必然的であるとみなされる原因。ギリシア語モイラmoira(運命)は、もともと「肉の分け前」というような「分け前」であった。たとえば、だれかが死んだ場合、死なねばならぬ何かがあったはずであり、それがモイラである。アラビア語、現代ギリシア語では「死」と「運命」は同じことばである。罪に対してかならず罰があるという因果の鎖は、神々でさえ破ることのできないモイラであった。それゆえ「運命の女神たちは、人に耐え忍ぶ心をお与えなさる」(ホメロス)。モイラは、主として当事者の外側に隠れていて、知らずして犯した罪にも、応報をもたらす。ここに運命の不条理と悲劇性が成り立つ。

 他方、ふと心に浮かぶ考えを、「ダイモーンが私の心に吹き込んだ」(『イリアス』)といい、自己でない(悪)霊の働きに帰する。心的偶然が、不可視の必然に帰せられる。ダイモーンは、特定の人の心に入り込んで、その人生を決する運命である。「性格こそ人にとって運命である」(ヘラクレイトス)とは、ダイモーンが人の心の内に宿る宿命であることを表す。

 運命はたとえ不条理であっても、偶然に直面して茫然(ぼうぜん)とする人間に、不可視の必然、自分を超えた理法からその偶然をとらえるように呼びかける。それにこたえるとき、人は自己の個別性、偶然性から大いなる理法へと「浄化」される。

 「天の命ずるを性という」(中庸)、「君子は道を行いて命を待つのみ」(孟子)のように天命を知ることが、使命を引き受けることに通ずる。マックスウェーバーの「職業(Beruf、神の呼びかけ)」にも運命を知るという要素がある。運命を知るという思想をつきつめると「運命への愛」に至り、そこに自由と必然が和解される。「人間における偉大さを表す私の公式は、運命愛、つまり、未来へも、過去へも、なにものも他のようにとは意欲しないことである」(ニーチェ)。

 古来、(1)生起する事柄は時間的に先行する原因をもつ、(2)真理(たとえば「ソクラテスは刑死する」)は時間によって変わらない(ゆえに、ソクラテスが刑死する以前から真である)という理由で、(3)生起する事柄は人間の行為を含めて、必然に支配されているという観念(決定論)が語られてきた(デモクリトス、ヘラクレイトス)。また、占星術の理論的根拠も論及された。ニュートン力学の成立とともに決定論は科学的決定論(スピノザ、ラプラス)となった。

[加藤尚武]

『プルタルコス著、戸塚七郎訳「運命論」(『世界人生論全集2』所収・1963・筑摩書房)』『キケロ著、水野有庸訳「宿命について」(『世界の名著13 キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』所収・1968・中央公論社)』『ドッズ著、岩田靖夫・水野一訳『ギリシア人と非理性』(1972・白水社)』

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