遁世(読み)トンセイ

デジタル大辞泉 「遁世」の意味・読み・例文・類語

とん‐せい【×遁世/×遯世】

[名](スル)《古くは「とんぜい」》
隠棲して世間の煩わしさから離れること。「―して庵をむすぶ」
俗世間を逃れて仏門に入ること。出家。とんせ。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「遁世」の意味・わかりやすい解説

遁世 (とんせい)

世間を逃れること。世を捨てること。〈とんぜ〉ともいう。遁世した人のことを,〈とんせいしゃ〉〈とんぜいじゃ〉といい,中世には多くの遁世者が現れ,宗教者としてだけでなく,文学,芸能の面でも活動した。仏教のたてまえからすれば,出家して寺院に入ることは,遁世することであった。しかし,仏教を高度な外来文化を総合するものとして受容した日本では,寺院と僧侶は国家や貴族社会からさまざまな規制を加えられたために,寺院は第二の世俗というに近く,出家することは遁世にならなかった。平安時代半ば以降寺院の世俗化が進み,寺院の中枢は上層貴族出身の僧によって占められ,寺院は政争の場と化し,寺領などをめぐる紛争も絶えなかったので,仏教本来の教えを実践しようとする僧の中から,出家して入った寺からもう一度出離をして学問修行の場を得ようとする者が現れた。こうした二重出家,再出家を遁世といい,平安時代の末には比叡山の谷々,大原,さらに高野山など遁世者が集まる場所が知られるようになった。他方,国家や貴族に保護された仏教の外側には,土着の信仰があり,聖(ひじり),仙,沙弥(しやみ)などと呼ばれる民間の呪術者,行者が活動していたが,それらも寺院の外にあったために,寺を出た遁世者と重なり合うようになった。また,受戒など正式の手続を経ずに出家した人々も,遁世者と目された。

 平安時代の末,貴族社会の停滞が覆い難くなったとき,貴族社会から脱落しはじめた人々の中には,かつて貴族社会が安定していたときには,単なるアウトローとみていた聖や遁世者に対して深い関心を抱き,遁世に共感する者が多くなった。彼らは,往生伝説話集などに,遁世者の行実を記録しはじめたが,中世前半までに書かれた遁世の説話などを概観すると,浄土教的な雰囲気の中で現世を相対化し,浄土へのあこがれを背景に,世を捨てることを説くものが多い。また,戒律を守ることや,学問,修行を深めることよりも,世を捨てようと努めることが修行であり,仏の意にかなうことであると論ずる点に特色がある。こうした日本的な仏教の理解は,中世を通じてさまざまな変容をみせるが,西行,鴨長明,吉田兼好などは代表的な遁世者として語られ,憧憬の対象となった。西行に仮託された説話集《撰集抄》,長明の《発心(ほつしん)集》などにはさまざまな遁世とその思想が記され,仮名法語として名高い《一言芳談(いちごんほうだん)》は,遁世者の思想と心情を説いたものといえよう。兼好の《徒然草》も遁世者の文学を考えるうえで欠かすことはできない。遁世は正統な手続を経ない出家であったから,その中には民間の布教僧や僧形をした芸能民,漂泊の人々も含まれ,中世の末には宗教的な性格を薄くしていった。遁世者は隠者の一種であるが,中国の隠逸に比して政治的な性格が弱く,ヨーロッパの隠者と比べると,現世を超えたものに対する緊張が少ない。遁世とその思想は,日本文化の中では,人生論,処生哲学の源流の一つとなり,文学や芸能につながる面が強く,日本的な美意識の底流の一つとなっている。
隠者
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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