(読み)ツジ

デジタル大辞泉 「辻」の意味・読み・例文・類語

つじ【辻】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「辻」姓の人物
辻一弘つじかずひろ
辻邦生つじくにお
辻静雄つじしずお
辻潤つじじゅん
辻善之助つじぜんのすけ
辻直四郎つじなおしろう
辻仁成つじひとなり
辻亮一つじりょういち

つじ【×辻】

《「つむじ(辻)」の音変化》
道路が十字形に交わる所。四つ辻十字路
人が往来する道筋。街頭。
辻総つじぶさ」の略。
[補説]「辻」は国字。
[類語]道端路頭路傍道の辺路辺沿道沿線

つむじ【×辻】

つじ」に同じ。
「道の―にこれを敷きて臥したり」〈今昔・四・二二〉
[補説]「辻」は国字。

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精選版 日本国語大辞典 「辻」の意味・読み・例文・類語

つじ【辻】

〘名〙 (「つむじ」の転)
① 道路が十文字に交差している所。よつつじ。十字路。交差点。つむじ。〔十巻本和名抄(934頃)〕
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「三条京極のつじに立ち給へり」
② 路上。みちばた。ちまた。多く、「辻講釈」「辻占」などと、熟して用いられる。
※枕(10C終)三九「つぢありくわらはべなどの程々につけて」
※説経節・説経しんとく丸(1648)中「それみやこつしすから人のさたなすは、それ弓とりのみうちに、やまふじやの有けれは、弓矢めうか七代つくるとさたおなす」
裁縫で、縫目の十文字になる所。
④ 物の合計。または、物事の結果。
※鵤荘引付‐永正一七年(1520)一一月二七日「則東西政所を取替、支配の辻五十余貫也」
※歌舞伎・好色芝紀島物語(1869)三幕「ト辻番の内を覗き『〈略〉御無心ながら少しの内お軒下をお貸しなすって下さいまし〈略〉此のお辻(ツジ)がないと内まで濡れて帰らなけりゃあならぬ』」
馬具の名。
(イ) 「つじぶさ(辻総)」の略。
※延喜式(927)四一「六位以下鞍鞦総。不連著、但聴鞦衢(つじ)及後末
(ロ) 轡(くつわ)部分の名。
(ハ) 鞦(しりがい)の組合わせの部分の名。
[語誌](1)「つむじ」の変化したものとされ、その「つむじ」は旋毛と関係すると見られるが、十字路の辻は、早くから「つじ」が一般的になっていたと思われる。
(2)「日葡辞書」には「tçǔji(ツウジ)」とあるが、同項目に「Michi tçuji(ミチツジ)」ともある。

つむじ【辻】

〘名〙 =つじ(辻)
※斯道文庫本願経四分律平安初期点(810頃)「巷陌の四衢道の頭(ツムシ)

つじ【辻】

姓氏の一つ

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改訂新版 世界大百科事典 「辻」の意味・わかりやすい解説

辻 (つじ)

辻という文字は日本で作られた会意による国字であり,十字状に交叉する道路を意味した〈十字〉に由来する。道路の交叉点,道ばた,縫い目の十文字になるところ,物の合計や物事の結果などの意味に用いられ,辻商,辻占,辻打,辻君,辻芸ほか50あまりの熟語をつくる。石川県金沢では市場,長崎県南高来郡布津では道の追分,奈良県吉野郡では山道の合した所をいう。

 交通の要衝である辻には古来,道祖神をまつった辻社や辻堂など,種々の施設が置かれた。鎌倉時代の京都では,辻ごとに篝屋(かがりや)が置かれ,終夜篝火をたいて盗賊を防ぎ市中を守ったし,戦国時代になると,公家や町衆がみずから釘貫(くぎぬき)(門)や櫓を構築して町を自衛した。江戸時代には,町内ごとに木戸門をたて,夜間には通行を遮断した。木戸門脇には髪結床があり,また塵芥箱が置かれていた。なお,床屋は町用人として町内の雑用を果たした。辻斬が横行した江戸では,辻行灯辻番所が設置され,辻番人(町方では自身番)が警備にあたった。辻には通行人の利用しあう設備も置かれた。路傍にある共同の井戸を辻井戸,町かどにある共同便所を辻便所といった。また,延宝年間(1673-81)の京都にはやった辻風呂とは,風呂桶を路上にもってきて料金をとって入浴させたもので,元禄年間(1688-1704)に居風呂(すえふろ)をかつぎ歩き,銭3文をとって入れた〈荷い風呂(にないぶろ)〉と同じ風俗である。さらに,室町幕府が上京室町立売の辻と下京四条町の辻に高札を掲げて禁制の周知をはかったことはよく知られている。近世には重要な辻に高札場が設けられ,現在も各地に札の辻の地名が残っている。辻では,宗教者の説法や勧進,商売や演芸も行われた。《洛中洛外図屛風》をみると,風流踊の輪がつくられているが,辻踊や辻祭,また辻相撲は秋の風物であり,俳句の季語となっている。数多の人々が往来する辻は,都市民の生活空間そのものであり,交流の場として,また情報交換の場としての機能を果たした。辻は西洋における広場と対比されよう。
執筆者:

《物ぐさ太郎》に〈男もつれず,輿車にも乗らぬ〉美しい女房を〈女捕(めと)〉る〈辻取(つじとり)〉は〈天下の御ゆるし〉(天下公許)といわれ,夜間に武士が道に出て往来人を無法に殺害して武術の腕を試すことを〈辻切〉(辻斬)といったように,辻はそこで行われた紛争・事件をその場のみで処理する慣習を持つ場であったと推定される。しばしば〈市町路辻〉と並記されたように,市,町,道や河原,中洲なども同じ性格を持つ場であり,やはり広場の機能を持つとともに,アジール(聖域)でもあった。〈小路がくれ〉などといわれたように,辻にもそうした性格があったとも考えられる。胎盤(えな)やへその緒,産毛を辻に埋める慣習はきわめて古くからあり,辻の呪術的な〈聖地〉としての性格をよく示しているが,それがさきのような辻の特質の根底にあったものと思われる。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「辻」の意味・わかりやすい解説


つじ

沖縄の公娼(こうしょう)地区、遊廓(ゆうかく)。方音チーヂ。1672年那覇の一角に私娼・街娼を集めてつくったのがその起源といわれ、1908年(明治41)には仲島(なかしま)・渡地(わたんじ)の両遊廓を合併して発展した。多くの妓楼(ぎろう)があり、アンマー(母親)とよばれる女性経営者が遊女(「ジュリ」という)たちを抱えていた。遊女は農村から身売りされてくる子女がほとんどで、これを「辻売(ちーぢうい)」あるいは「ジュリ売(うい)」と称した。少女時代に売られてくることが多く、行儀作法・料理・芸能を仕込まれて一人前のジュリになった。なお、辻は完全に女性たちのみによって経営される特別地区で、男性の居住は許されず、また大正期からは自治組織もつくられた。また、辻は単なる遊廓ではなく、男性の社交場としても広く利用され、そのなかから多くの芸能が生まれた。1945年(昭和20)の沖縄戦に至る米軍の大空襲で全壊し消滅。「ジュリウマ」(旧暦1月20日)にかつての名残(なごり)をわずかにとどめている。

[高良倉吉]

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【辻子】より

…十字状の道を意味する平安時代の言葉〈十字〉に由来し,その意を表す国字としてつくられた〈辻〉の意味が分化したものであって,細道(《名語記》),小路(《節用集》),ついで横町(《日葡辞書》)の意味にも用いられた。古くは十字,ついで辻,辻子と書かれ,室町時代以降になると図子,通子,厨子,途子などの用例もある。…

【辻占】より

…道の辻に立って,通りがかりの人の言葉を聞いて吉凶を判断する占い。別称に,朝占夕占(あさけゆうけ)という名があるように,朝方や夕方の人の姿がはっきりしない時刻に行われ,道行く人の無意識に発する言葉の中に神慮を感じとり,それを神の啓示とした。…

※「辻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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