農民騒擾(読み)のうみんそうじょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「農民騒擾」の意味・わかりやすい解説

農民騒擾
のうみんそうじょう

広義には農民が引き起こした一揆(いっき)、騒動、争議などの騒擾一般をさすが、ここでは、明治前期において政府の諸政策およびそのもたらした諸結果に反対して展開された一揆などの騒擾をさす。

[近藤哲生]

概観

王政復古により成立した明治維新政府の旧体制下と変わらぬ政策に対し、「御一新」の幻想を破られた農民は、各地で反対一揆を展開した。とくに1869年(明治2)には大きな高揚がみられ、政府に動揺を与えた。このあと、71年7月の廃藩置県以後の学制(72年8月)、徴兵令(同年11月)、地租改正(73年7月)を中心とした一連の諸政策に対して、農民一揆はふたたび高揚を示すことになる。とくに73年は、学制・徴兵令への反対を中心とする一揆の激発により、一つのピークを形成した。この高揚は、地租改正事業の進展のなかで、地租改正反対一揆へ受け継がれていった。他方政府は、先進資本主義諸国の圧力に促されて資本主義的生産様式を採用すべく、殖産興業政策もとに鉄道・電信・電話の敷設鉱山の官収などを進めた。これらの諸事業に対しても、それに反対する電信・鉱山騒擾が激烈な形態で爆発した。

 このような政府の諸政策に反対する一揆・騒擾の高揚は、この時期の政府対全人民という基本的対抗の発現であったが、他方での士族反乱続発と相まって、政府を大きく動揺させるとともに、自由民権運動の全国的展開の前提を形成した。さらに明治10年代後半に入ると、いわゆる松方デフレ下の深刻な不況は、農民の急速な没落をもたらすことになり、負債返弁騒擾が各地で展開された。この騒擾は自由民権運動の激化の基盤をなしたが、短期間に終息したのち、地主制の成立とともに小作争議へ転換していった。

[近藤哲生]

学制反対・徴兵令反対一揆

学制と徴兵令は、農民に過重な負担を強いるものであった。学校費の負担は過重であったし、児童の強制的登校は労働徴発的な意味をもった。また、3か年間の兵役義務も労働賦役的性格の負担となった。こうした負担に反対して、学制反対一揆は、学校費の引下げ、小学校廃止などを要求し、徴兵令反対一揆(血税一揆)などとも重なり合いつつ、小学校の打毀(うちこわし)などとなって展開した。徴兵令反対一揆は他の諸要求とも結び付いて、徹底的な打毀、焼打ちといった激烈な形態をとった。この二つの一揆は、過重な負担に対する反対という点で、地租改正反対一揆と共通する性格をもち、地租改正反対一揆に受け継がれていった。

[近藤哲生]

地租改正反対一揆

旧貢租と変わらぬ高額の予定地租を上から強力的に押し付ける形で進められた地租改正は、1876年をピークにして全国的に農民の強力な抵抗を引き起こした。この一揆は、増租に対する反対(地租軽減)の要求を基本として、地主を含む広範な農民を結集して闘われた。そのなかで、76年における一揆の激発は、地租率の引下げの成果をもたらした。地租改正反対一揆は、農民一揆の分散性を止揚する方向を内包していたが、結局は農民一揆の枠内にとどまったところにその限界が存在した。とはいえ、この一揆の体験は農民の政治的成長を促し、自由民権運動の発展を準備するものとなった。

[近藤哲生]

電信・鉱山騒擾

電信敷設が電柱材の徴発、電柱建設用地の強制的収用などの方法で行われたことに対し、測量反対、電柱破壊、通信妨害など、電信騒擾が展開された。また地租改正反対一揆などにおいても、しばしば電信局・電柱などが破壊の対象となった。鉱山の官収は、旧慣の改革とともに、囚人労働と監獄部屋の採用といった過酷な労役形態を生み出した。それに反対して、生野(いくの)・佐渡(さど)・高島などの鉱山・炭鉱において、激烈な鉱山騒擾が展開された。これらの騒擾は、上からの資本主義の採用に伴う収奪に抵抗する、本源的蓄積期に典型的な騒擾であった。

[近藤哲生]

負債返弁騒擾

松方財政下での紙幣整理によるデフレの急速な進行と地方税増徴によって、きわめて深刻な不況が、1881年から85年にかけて進行した。これにより多くの農民が、多額の負債を抱え急速な没落を余儀なくされていった。この状況のなかで、負債の据え置き・長期年賦償還、公租公課の軽減などを要求して、高利貸その他を襲撃したりする負債返弁騒擾が、83年から85年に集中して、とくに蚕糸業の発展していた地域を中心に各地で頻発した。地域によっては、困民党・借金党といった組織の集団的・組織的活動として展開された。この騒擾は、しばしば自由民権運動の展開と重なり合い、秩父(ちちぶ)事件などのいわゆる激化諸事件の基盤となった。しかしそれは、松方デフレの終息とともに姿を消し、明治20年代以降、成立した地主制のもとでの小作争議へ転換していった。

[近藤哲生]

『土屋喬雄・小野道雄編『明治初年農民騒擾録』(1953・勁草書房)』『青木虹二著『明治農民騒擾の年次的研究』(1967・新生社)』『青木虹二編『百姓一揆総合年表』(1971・三一書房)』『佐々木潤之介編『日本民衆の歴史5 世直し』(1974・三省堂)』『江村栄一・中村政則編『日本民衆の歴史6 民権と国権の相剋』(1974・三省堂)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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