農業人口(読み)のうぎょうじんこう

改訂新版 世界大百科事典 「農業人口」の意味・わかりやすい解説

農業人口 (のうぎょうじんこう)

生計農業に依存しているすべての人,すなわち実際に農業に従事している人とその扶養家族をいう。〈農業に従事している人〉について,統計上よく用いられるのは農業就業人口である。日本の労働力調査や国勢調査就業者(調査週間中収入になる仕事を少しでもした人,自営業に従事した家族を含む)を,その人が実際に働いていた事業所のおもな事業の種類によって産業別に分類しているが,農業就業人口はその大分類14項目の一つとして把握されている。国勢調査は1920年の第1回以来定期的に行われており,年次的な変化をみたり,全産業の中での農業の位置づけをみることができる。また農業センサス農業構造動態調査(ともに農林水産省)では,農家世帯員のうち,調査期日前1年間の就業状態によって,〈農業のみに従事した人+農業とその他の仕事に従事したが農業が主の人〉を〈農業に主として従事した世帯員〉ととらえており,これも通常,農業就業人口とよんでいる。ただし農業の労働力を把握するためには,農業就業人口だけでは不十分である。農家の兼業化がすすんで,近年には農家の世帯員の就業した人のうち,主として農業以外の仕事に従事した人が過半数を占めるが,この人々も農業に従事して農業生産を支えているからである。そのため農業センサスでは,農業従事の程度と組み合わせて世帯員の就業状態を把握している。なお農業センサスは,老人や子どもなどの非就業者を含めた農家人口も把握しているが,その生計の農業への依存度は兼業化のため2割程度に低下している。農家は歴史的に非農業部門への労働力供給の役割を担い,農・非農間の労働力移動と経済成長や景気変動との関連が問われてきたが,この面からは農家人口の把握も重要である。

農業就業人口(国勢調査による)は,1920-30年には1374~1375万人,40年に1337万人で,第2次大戦前,戦時中までは大きな変化がなかった。農家人口の自然増に相当する人口が農業外の産業へ供給されたことになる。当時は日本の工業が重化学工業化した時代で,戦時経済に入って軍需工業の拡大や兵役の影響で男子農業就業人口は減少したが,女子がリタイアの年齢を高めてこれを補ったので,大幅な減少はなかった。当時の農業は牛馬耕以外は手作業であり,労働力が減っても戦時経済下では農業技術を大きく変える条件がなく,このような対応となった。

 敗戦後,工業の縮小食糧難の時代には,海外からの引揚者,復員軍人,都会からの疎開者を受け入れて,農業就業人口は1600万人を超え,農村の過剰人口が大問題となったが,55年には1500万人を割った。この戦後の10年間は,当時の青年層,昭和1けた生れ世代が多数農業に就業して,農業就業人口の年齢構成は若く,これが次の時代の農業生産力展開を支え,非農業部門へ労働力を供給する力ともなった。高度成長時代には,非農業部門からの労働力吸引が激しい勢いで続き,農業就業人口は激減を続け,75年669万人,85年485万人,95年350万人となった。しかも,新規学卒者を中心とする青年層への需要がとくに強かったので,農業就業人口の年齢構成はしだいに高齢化していった。この間,機械,施設,化学製品その他の農業資材が農業へ導入され,労働節約技術をとり入れた農業の再編成が行われたが,農地利用度の低下,地力低下,農地荒廃等のひずみも残した。1973年の石油危機を契機とする低成長経済への移行により,非農業部門への労働力移動はゆるやかになったが,農家の新規学卒者の農業就業率は依然として低く,しかも非農業部門からの定年後帰農がふえているので,農業就業人口はゆるやかな減少を続けながら,ますます高齢化している。農業センサスの農業就業人口(農業従事者数のうち,〈農業が従〉を除いた〈農業専従〉と〈農業が主〉の合計)は,1960年1454万人だったが71年に1000万人を大きく割り込み,80年697万人へと激減,さらに90年565万,95年489万人となった。95年にはうち62%が60歳以上である。

 農業就業人口の減少は,いずれの国も工業化の進展の過程で経験したことである。1991-92年現在,就業人口に占める農業就業人口の比率は,イギリス,アメリカが2%程度で失業率より低く,その他のヨーロッパ主要国も数%で,日本も5.8%となった(FAO推計)。ただし,欧米諸国の多くは戦前すでに30%台あるいは20%台であったが,日本は1920-30年には50%弱,戦後の55年にも38%と高く,高度成長期以降の低下がはなはだ急激で,農業部門の対応も困難が大きかった。
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百科事典マイペディア 「農業人口」の意味・わかりやすい解説

農業人口【のうぎょうじんこう】

農業に従事する人と扶養家族の累計。これに農業に従事しない家族を含めたのが農家世帯員数。このうち農業従事者数だけが農業就業人口で,兼業を含め自家農業に主に従事する者をいう。1990年農林業センサスからは10a以上経営か農業収入年15万円以上の農家に限り,満15歳以上の農業専従または農業が主の従事者を農業就業人口とした。世界的に工業化や経済成長につれて農業人口は減少する。とくに日本では,第2次大戦後に出生率の低下,若年層の都市流出,農家の離農が加速し,農家世帯員数は1960年の3441万人から2003年の940万人(総人口比は37%から7.4%),農業就業人口も1960年の1196万人から2003年の362万人に激減,とくに60歳以上の高齢者の割合が高まっている(2004年67%)。一方,自然志向の高まりや農業を職業として見直す動きもみられ,非農家出身の就農希望者も,わずかだが増加傾向にある。
→関連項目農業

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世界大百科事典(旧版)内の農業人口の言及

【農業】より

…しかし資本主義が生成,発展し,工場制工業が展開するにつれて,農業にも大きな変化が生ずるようになる。都市商工業の発展と非農業人口の増大によって,食糧の需要は増大し,発達する工業の原料としての農産物需要(綿花,羊毛,食品原料など)も増大する。このため農業は,それらを生産し販売するための商品生産農業として急速に発達するようになり,また従来,農民が自給自足していた多くの物資(各種の生活必需品や農業生産資材)も工業から供給されるようになったため,それを購入するための貨幣を得るために,農民はますます商品生産を拡充せざるをえなくなった。…

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