軽井沢(読み)かるいざわ

精選版 日本国語大辞典 「軽井沢」の意味・読み・例文・類語

かるいざわ かるゐざは【軽井沢】

(「かるいさわ」とも) 長野県中東部の地名。もと中山道の旧宿場町。明治中期以後、避暑地となる。

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デジタル大辞泉 「軽井沢」の意味・読み・例文・類語

かるいざわ〔かるゐざは〕【軽井沢】

長野県中東部、北佐久郡の地名。浅間山南東麓の標高約1000メートルの高原にある。中山なかせん宿場町として発展。明治中期以来、避暑地・別荘地

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改訂新版 世界大百科事典 「軽井沢」の意味・わかりやすい解説

軽井沢[町] (かるいざわ)

長野県東部,北佐久郡の町。地元では〈かるいさわ〉という。人口1万9018(2010)。浅間山南東麓にある標高950m内外の高原で,8月の平均気温が20.5℃と札幌より1.2℃ほど低い冷涼な気候に加えて,東京に近い地理的条件から,夏の全盛期の入込客は常住人口の10倍にのぼる。1886年イギリスの宣教師A.C.ショーが,旧軽井沢の民家を借りて一夏を送ったことから避暑の歴史が始まった。93年信越本線が全通してからはホテルもできて避暑客がふえ,1917年に西武資本による建売別荘分譲が始められてから本格的な避暑地になった。昭和10年代までは旧軽井沢を中心にした外人別荘地として知られ,日本人では政財界人や文人などに限られた高級別荘地であった。第2次世界大戦後,中軽井沢(旧沓掛),西軽井沢(御代田町),信越本線南側の南軽井沢と開発が進み,1万戸をこえる別荘が作られ,ホテル,旅館,民宿も多い国際的避暑地に発展した。夏には別荘客のほかテニスやゴルフなどのスポーツ,さらに軽井沢宿あとにひらけた旧軽銀座へのショッピングに訪れる観光客が多く,冬にはスケート客(軽井沢スケートセンター),スキー客(人工スキー場)でにぎわう。1995年上信越自動車道碓氷軽井沢インターチェンジが開設され,97年10月には長野新幹線が開通した。これに伴い信越本線の軽井沢~横川間は廃止,軽井沢~篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道に引き継がれた。
執筆者:

碓氷峠の西麓にある交通の要地で,古くは東山道がこの地域を通って碓氷坂(現,入山峠)を越えて上野の坂本駅に達した。《延喜式》の長倉神社長倉郷あるいは官牧の長倉牧はほぼこの地域またはその近傍にあった。近世では碓氷峠を越えた中山道が軽井沢,沓掛,追分の3宿を通過した。軽井沢宿は1679年(延宝7)まで小諸藩領など,以後は幕領。田はなく畑のみで,主として宿場稼ぎで生計を立てた。食売女(飯盛女)が多く,川柳では軽井沢が飯盛女の代名詞となったが,1783年(天明3)の浅間山大爆発による潰家や火災で宿の大半が破壊され,93年(寛政5)には大火で168軒を焼失した。これからしだいに衰微する。1753年(宝暦3)の人口1395人が1843年(天保14)には451人。明治維新の宿駅制廃止で大打撃をうけたが,明治半ばから避暑地として発展をみる。1916年に小瀬まで開通し,27年草津まで通じた草津軽便鉄道は60-62年に廃止された。
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日本歴史地名大系 「軽井沢」の解説

軽井沢
かるいさわ

[現在地名]真田町大字傍陽

上田・松代両城下町を、最短距離で結ぶ地蔵じぞう峠越えの松代道のうち、洗馬せば川と軽井沢川(現傍陽そえひ川)が合流する辺りより、地蔵峠の間に集落が点在する渓谷の村。村の南より松代道に沿って大庭おおにわなか組・石堂いしどう岡保おかぼ入軽井沢いりかるいさわなどの集落がある。

近世初頭には洗馬・曲尾まがりおの二郷に分れ、軽井沢は曲尾郷に含まれていたと考えられるが、寛永三年(一六二六)曲尾村と軽井沢村に分村した(小県郡史)

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事典 日本の地域遺産 「軽井沢」の解説

軽井沢

(長野県北佐久郡軽井沢町)
恋人の聖地プロジェクト」指定の地域遺産。

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事典・日本の観光資源 「軽井沢」の解説

軽井沢

(長野県北佐久郡軽井沢町)
中山道六十九次」指定の観光名所。

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世界大百科事典(旧版)内の軽井沢の言及

【浅間山】より

… 裾野は標高1000m前後の部分が広範囲を占めるため,夏の気候は冷涼で,雄大な景観とともに高原保養地としての人気が高い。1886年南東麓の軽井沢(通称〈旧軽井沢〉)がイギリスの宣教師A.C.ショーによって避暑地として着目されて以後,旧軽井沢を中心に別荘地開発が進んだが,それ以前は中山道など古い街道沿いにまばらに集落が見られたにすぎなかった。1928年,草軽電鉄(1960廃止)の駅が設けられてから北軽井沢(群馬県長野原町)が別荘地として発展,60年代半ばごろから中軽井沢(旧,沓掛),西軽井沢(御代田町),さらに人工の塩沢湖を中心に南軽井沢がそれぞれ急速に観光別荘地として開発が進んだ。…

【ノーマン】より

…1897年来日,1940年まで東京,金沢,長野などで宣教にあたり,長野農民福音学校を開設して農民の教化につとめた。軽井沢を保養地として開発し,その家は〈ノルマン館〉として知られた。日本近代史の研究者として著名なカナダの外交官E.H.ノーマンはその次男。…

【柳津[町]】より

…第2次大戦後,只見川の電源開発が進められ柳津ダムが建設された。北部の軽井沢は近世に銀山で栄え,明治中期にも活況を呈したが,1902年ころ廃山となった。山間部は古くから林業が盛んで,キリの産地として知られる。…

※「軽井沢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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