軍事経済(読み)ぐんじけいざい(英語表記)military economy 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「軍事経済」の意味・わかりやすい解説

軍事経済
ぐんじけいざい
military economy 英語
Militärwirtschaft ドイツ語

軍事主導型の国民経済をいう。通常、戦時においては民需産業を動員し、軍需生産を行う戦時総動員体制(戦時国家独占資本主義)の形をとる。第二次世界大戦後の「冷戦」体制下においては、軍事は東西対立の両軸米ソを中心とする一国的な枠組みを越えたグローバルな構成をとっていた。中心国米ソ両国においては、軍需産業が国民経済の基軸となり、平時における軍事主導型経済が成立していた。

[久保新一]

軍事経済の成立

軍事主導型の国民経済は、帝国主義の時代に諸列強による市場再分割闘争として行われる、帝国主義戦争に対する金融寡頭制の対応形態として登場する。自由競争という単一の原理に主導されて発展してきた資本主義は、その高度に発達した一定の段階で、独占という自己否定的な原理を生み出すことによって、過渡的段階的な構成をつくりだす。それは、国内的には、独占と非独占との対立によって生ずる構造的不均衡と、発展の不均等性を新たな基調とする。世界的には、生産の国際的集積と経済、金融、外交、軍事などを通じての重層的支配によって、植民地を分割しあういくつかの帝国主義列強の激烈な闘争の体系として現れる。独占の成立と、独占の成立によって発展した資本主義の基本的矛盾が生み出した体制的危機は、世界的規模で総合的に爆発し、帝国主義戦争という軍事的解決に持ち込まれる。ここに軍事経済が、独占資本の体制的危機に対する政治的、経済的即応の体制、すなわち戦時国家独占資本主義体制として成立するのである。

[久保新一]

軍事経済の諸段階

近代における軍事経済の歴史は、資本主義の発展段階に対応して三つの段階を画する。第一は、産業資本の確立期に照応する、ナポレオン戦争から普仏戦争プロイセン・フランス戦争)に至る国民解放戦争の段階である。それは、ナポレオン軍に象徴される、市民革命によって解放された小農民主体の歩兵部隊を中心とする国民軍の編成をとり、近代戦の端緒を開く。しかし戦時における経済の動員は、軍工廠(ぐんこうしょう)や特殊な兵器産業の範囲内にとどまり、全面的なものではなかった。それは、兵器が鉄砲大砲に限定される軍装備のマニュファクチュア段階ともいえるものであった。

 第二は、第一次世界大戦から第二次世界大戦に至る帝国主義戦争の段階である。独占の成立によって、独占と非独占・農業との不均衡が生じ、農業の衰退が始まると、農民は没落し勤労市民が大量に進出する。それによって国民軍の正常な基盤は崩壊し、軍事力はもはやなんらかの意味で進歩的な役割を果たすものではなくなり、もっぱら植民地分割をめぐる諸列強間の闘争という、帝国主義世界の内部矛盾の解決のために用いられるようになる。軍装備は、機関銃と戦車、戦艦、戦闘機を中心とする地上軍の支援手段となり、民間重化学工業と同質ないし連続的なものとなる。したがって重化学工業は、戦時に大規模に動員される潜在的軍事力となり、戦争の機械制段階が到来する。戦時における民間重化学工業の動員に際しては、国家は戦時国債の発行によって巨額な軍事支出をまかなおうとする。戦時経済への転換は、国家の経済への全面的介入の道を開き、一方で軍需生産を一手に引き受ける重化学工業独占を富ませ、他方では国民大衆を統制下での重税と軍需インフレによる収奪にさらす。

 第三は、第二次世界大戦後の社会主義体制の成立を軸とした、世界的規模で展開する階級対抗に対する鎮圧手段として軍事が世界政治の中心的役割を担うようになった段階である。これに応じて、軍装備も、従来の地上軍の作戦支援手段の域を超えて、一瞬のうちに交戦国のあらゆる基地を攻撃できる核とミサイルを中心とする自立化し自動化した科学兵器の体系となり、戦争の「自動化=科学」段階が出現する。それは経済的には、私的、資本主義的、国民的枠を超えて膨れ上がった科学技術の巨大な力の総計として、在来重化学工業とは断絶した、自立化し顕在化した軍事技術の開発機構として現れる。この軍事技術の開発機構は、常時即応戦力の基礎として平時における不断の再生産を必要とする。そのことによって、経済機構そのものをも自らを中心として再編成し、軍事経済の日常化した体制ともいえる恒常的軍事的国家独占資本主義体制を形成する。それは米ソを双軸とする東西対立に規定された、アメリカを中心とした世界的な軍事経済の体制として、「冷戦」帝国主義の形をとって現れた。西欧や日本は、軍事の国民的編成すなわち国家的自立を放棄し、この「冷戦」帝国主義の裾野(すその)を構成する一環となった。IMF(国際通貨基金)やGATT(ガット)などの国際的経済機構は、この巨大な恒常的軍事生産を支え、アメリカの軍需産業や、西欧、日本などの独占資本を富ませる、世界的な軍需インフレ的蓄積機構として機能していた。1970年代に著増した武器輸出も、この枠組みと機構の副産物にすぎない。

[久保新一]

『西川純子編『冷戦後のアメリカ軍需産業――転換と多様化への模索』(1997・日本経済評論社)』『山之内靖・酒井直樹編『総力戦体制からグローバリゼーションへ』(2003・平凡社)』『藤岡惇著『グローバリゼーションと戦争――宇宙と核の覇権めざすアメリカ』(2004・大月書店)』『西川純子著『アメリカ航空宇宙産業――歴史と現在』(2008・日本経済評論社)』

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