車谷長吉(読み)クルマタニチョウキツ

デジタル大辞泉 「車谷長吉」の意味・読み・例文・類語

くるまたに‐ちょうきつ〔‐チヤウキツ〕【車谷長吉】

[1945~2015]小説家兵庫の生まれ。本名車谷嘉彦しゃたによしひこ。放浪生活の経験煩悩から逃れられない生の苦しみを描いた私小説が評価され、「赤目四十八滝あかめしじゅうやたき心中未遂」で直木賞受賞。他に「金輪際」「武蔵丸」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「車谷長吉」の意味・わかりやすい解説

車谷長吉
くるまたにちょうきつ
(1945―2015)

小説家。兵庫県生まれ。本名車谷嘉彦(よしひこ)。慶応義塾大学文学部独文科卒業。広告代理店に勤務するが、三島由紀夫の死に衝撃を受け25歳のときはじめて小説を書く。1972年(昭和47)、『新潮』に「なんまんだあ絵」を発表(『鹽壺(しおつぼ)の匙(さじ)』所収)。その後数編の小説作品を発表するが行き詰まり、本人の言い方を借りれば「無一物」となって播州飾磨(ばんしゅうしかま)の実家に戻る。続いて9年間にわたる放浪生活を体験した。しばしば「私小説」という設定をとる車谷作品のモチーフを提供するのは、この間の挫折感に満ちた過大なる「負」の意識であり、たとえば小説中に描かれる女性関係や金銭事情においても、常にネガティブな面にスポットが当てられることで逆に一種の救いが暗示される。時折言及される仏教的な「退き」が理念としては夢想されつつも、煩悩苦悩から逃れることのできない生の苦しみが小説の主題となるのである。長い沈黙を経て、1993年(平成5)、最初期のものから20年にわたる作品を収録した『鹽壺の匙』(1990)で三島由紀夫賞・芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。三島賞受賞の弁はその後の車谷作品を支える一種のマニフェストともなった。「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に一つの悪である。(中略)書くことはまた一つの狂気である。この二十数年の間に世の中に行われる言説は大きな変容を遂げ、その過程において私小説は毒虫のごとく忌まれ、さげすみを受けてきた。そのような言説をなす人には、それはそれなりの思い上がった理屈があるのであるが、私はそのような言説に触れるたびに、ざまァ見やがれ、と思って来た」。

 『鹽壺の匙』出版を機に車谷の創作活動は一気に勢いを得、その円熟した筆致は高い評価を得ている。1996年の『漂流物』(平林たい子賞)につづき1998年には長編『赤目四十八瀧心中未遂(あかめしじゅうやたきしんじゅうみすい)』で第119回直木賞を受賞、作家としての地位を揺るぎないものとした。もともと「純文学系」と目されていた車谷の、芥川賞ならぬ直木賞の受賞は、文学界の境界横断現象として話題にもなった。その後は、『業柱(ごうばしら)抱き』(1997)、『金輪際』(1999)、『白痴群』(2000、所収の「武蔵丸」が川端康成文学賞受賞)など。読書ノートの体裁をとる『文士の魂』(2001)では、人生の要所難所における文学作品との出会いが印象深くつづられる。『錢金について』(2002)には世評的な文章も多く収められている。

[阿部公彦]

『『金輪際』(1999・文芸春秋)』『『白痴群』(2000・新潮社)』『『文士の魂』(2001・新潮社)』『『錢金について』(2002・朝日新聞社)』『『鹽壺の匙』『漂流物』『業柱抱き』(新潮文庫)』『『赤目四十八瀧心中未遂』(文春文庫)』『車谷長吉・白洲正子「新直木賞作家特別対談 人の悲しみと言葉の命」(『文学界』1998年9月号)』『鈴村和成著「車谷長吉と町田康――抜き身の私」(『文学界』1998年7月号)』『田中和生著「『私小説』の死――車谷長吉論」(『文学界』2002年7月号)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「車谷長吉」の解説

車谷長吉 くるまたに-ちょうきつ

1945-2015 昭和後期-平成時代の小説家。
昭和20年7月1日生まれ。広告代理店勤務,料理場の下働きなど各種の職業につく。自己の心にといかける私小説をかきつづけ,平成5年「塩壺の匙(さじ)」で芸術選奨新人賞,三島由紀夫賞。9年「漂流物」で平林たい子文学賞,10年「赤目四十八滝心中未遂」で直木賞。妻は詩人の高橋順子。平成27年5月17日死去。69歳。兵庫県出身。慶大卒。本名は車谷嘉彦(よしひこ)。

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