超音速飛行(読み)ちょうおんそくひこう(英語表記)supersonic flight

改訂新版 世界大百科事典 「超音速飛行」の意味・わかりやすい解説

超音速飛行 (ちょうおんそくひこう)
supersonic flight

音速以上の速さで飛行すること。一般に飛行機に対して用いられ,水平飛行において超音速飛行できるものを超音速機と呼ぶ。

 空気の流れは,その速度が音速に近づくにつれて圧縮による影響が無視できなくなり,音速を超えると流れの性質は急変する。一般にマッハ1を境にして,それ以下の速度の気流亜音速流,マッハ1以上の気流を超音速流というが,超音速流では圧縮性のためにその中におかれた物体から衝撃波が発生し,それに伴って物体には大きな抵抗が働く。静止した空気の中を飛行機が飛ぶ場合も現象的にはまったく同じであって,超音速飛行を実現するためには,衝撃波に伴って生ずる抵抗をいかにして減らすかということと,その抵抗に打ち勝つ推力を発生できる推進装置を開発することが必要であった。
高速気流

プロペラ機では750km/h程度が速度向上のほぼ限界である。それはこれ以上の速度になると,飛行速度と回転速度との合成速度であるプロペラの先端速度が音速に近づき,プロペラの先端から衝撃波が発生してプロペラの効率が急激に低下してしまうからである。これに対してジェット機やロケット機の場合,その推進装置には高速化を妨げる原理的な制約はない。ジェット機やロケット機はすでに第2次世界大戦中に実用されており,超音速飛行はいともたやすいことと考えられていた。しかし音速を超えることはなかなかできず,一時は音の壁sound barrierなることばが使われたほどであった。これはエンジンの推力が不十分であったこともあるが,それよりも超音速飛行に適した翼や胴体の形状についての知識がなかったためであった。1947年10月,アメリカのベルX1ロケット機が有人機として初めて超音速飛行に成功したが,この機体もずんぐりした銃弾状の胴体に直線状の翼を組み合わせた,決して超音速飛行に適したものではなかった。実用的な超音速機は,53年のノースアメリカンF100の出現まで,さらに6年を要した。

音速を超えた高速飛行にとって,次の問題は,空力加熱による機体の表面の温度上昇である。空力加熱による温度上昇⊿T℃は,大気の温度をT0℃,マッハ数をMとして,⊿T=(T0+273)×0.2M2で表される。機体の表面の温度分布は,先端から後方にいくに従って下がるが,それでもマッハ2.2で成層圏を飛行する場合,空力加熱によって主翼の前縁や機首では150℃,主翼や胴体の大半の表面は120℃程度になる。材料の強さは高温になると低下し,アルミニウム合金で作られた飛行機では,マッハ2.2が長時間飛行できる限界とされており,マッハ3級の飛行機にはより耐熱性の高いチタン合金などが使用される。さらに機体材料ばかりでなく,機内の乗員や電子機器に対する熱の遮断も重要になってくる。このように,空力加熱に伴う温度上昇も超音速飛行にとって解決しなければならない問題であり,音の壁に対して熱の壁と呼ばれることがある。

超音速機の形状の特徴として,大きな後退角の薄い翼,細長い胴体をあげることができる。飛行機の速度がまだ亜音速にあるときでも,主翼の上面の気流はいったん増速されそれから減速されるので,もっとも増速されたところの流れは音速に達し,亜音速に減速される部分との境界に衝撃波が発生してしまう。直線翼の場合,飛行速度がマッハ0.7付近でこの現象が生ずるが,主翼に後退角をつけると,衝撃波の発生をさらに高いマッハ数まで遅らせることができる。これは角度θの後退角をつけると,機速がVの場合,揚力や抗力に関係する,翼に直角にあたる流れの速度はVcosθとなってVより小さくなるためである。例えばθ=35度とすれば,衝撃波の発生はマッハ0.85近くまで遅らせることができる。亜音速のジェット旅客機にアスペクト比の大きい,すなわち細長い後退翼が用いられているのはこのためである。一般に高速機になるほど後退角を大きくするが,超音速機ではジェット旅客機のようなアスペクト比の大きい後退翼は使われない。このような形状の翼は超音速領域で旋回したり,突風に遭うなどして,いったん衝撃失速が発生すると,ピッチアップという激しい頭上げを起こしやすいこと,また軽くてじょうぶに作るのがむずかしく,低速での操縦も困難なためで,超音速機の場合は三角翼デルタ翼)や同じ後退翼でもアスペクト比の小さい,三角翼の先端を切ったような形のものが選ばれる。三角翼は後退翼と同様衝撃波の発生を遅らせる働きがあるだけでなく,遷音速域での飛行特性も比較的よいという特徴がある。また超音速領域では,翼に生ずる抵抗は翼の厚さの2乗できいてくるので,できるだけ薄い翼が望ましいが,三角翼の場合,最大翼厚が翼弦長の3%以下の薄翼も軽くてじょうぶに作ることができる。最近の超音速機には三角翼やそれに近い後退翼が多く使われているのはこれらの理由による。ただし,このような形の翼はアスペクト比が小さいために亜音速飛行中の抵抗が大きく,着陸のときの発生揚力が少ないので着陸距離が長くなるなどの欠点もある。そこで超音速で飛ぶときには三角翼に近い形にし,離着陸のときには細長い直線翼の形にして両者の長所だけを利用するようにした可変翼も一部の飛行機に使われているが,主翼を動かす機構に重さがかさみ,価格も高価になる。

 超音速機の胴体は亜音速機に比べてはるかに細長くなっているが,これも衝撃波に伴う抵抗を減らすためである。しかし,単に胴体を一様に細長くしたのでは,主翼の部分では胴体が太くなったのと同様の結果になってしまい,この部分で大きな抵抗が発生する(断面積の法則)。このため主翼のつく部分の胴体は他の部分より細くなっている。

 超音速機を亜音速機と比較したときの外形上の差異のもう一つに,尾翼の大きさがある。尾翼の効きはマッハ数が高くなるにつれしだいに低下し,マッハ1.5で十分な大きさの垂直尾翼も,マッハ2になれば不十分になってしまう。高く大きな垂直尾翼は高マッハ機の一つの象徴でもある。

 抵抗の少ない,高速でも安定して飛行する機体形態とともに,超音速機にとってたいせつなのは,超音速で十分な推力を発生する推進システムである。とくに空気を吸入するジェットエンジンの場合には,空気取入口と排気ノズルの形状が重要になる。空気取入口は,機外を流れる超音速の気流から必要量だけの空気を取り入れて,それを亜音速に減速してエンジンに供給しなければならない。単位時間に流入する空気の量は,飛行速度と取入口の面積との積になるから,単に機体の前面に穴を開けただけでは,例えば低速では十分な大きさであっても高速では大き過ぎてしまう。このため,もっとも効率をよくする速度に合わせて設計し,他の速度の場合は補助取入口や排出口を利用するようになっている。また,機体の前面に開孔した空気取入口は,超音速になると強い垂直衝撃波を発生し,急激に圧力損失が大きくなるので,マッハ1.5付近までが実用される限界である。それ以上の速度で使用するには,取入口の中央に円錐(ショックコーン)を置き,圧力損失の少ない斜め衝撃波を何段かに発生させて,気流を減速させるようにする。ただし円錐の最適前後位置はマッハ数によって変わるので,マッハ2以上の性能を必要とする機体では,円錐の位置を可変にしなければならない。エンジンの排気口部は,先細にしただけでは排気速度はマッハ1以上の速度にならないので,いったん細く絞ってから再び広がる形のノズルを使用する。ノズルの形が悪いと,ここでも不要な衝撃波が発生し,推力に損失がでる。

 超音速機の操縦は,舵に加わる空気力が非常に大きくなり,その大きさも速度によって非常に変化するので,もっぱら油圧源を利用した機力操縦装置が使用される。操縦かんと油圧作動筒の間は,従来はメカニカルリンクやケーブルで結ばれていたが,コンコルドや最近の機体では電気信号を利用したフライバイワイヤfly-by-wire方式が使われている。
SST →飛行機 →
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の超音速飛行の言及

【SST】より

…飛行速度がほぼM1.4以上になると,機体表面の気流はすべて音速を超えて再び安定し,継続飛行に適した条件が得られる。こうした超音速飛行では衝撃波が機の前後端から出て,抵抗は亜音速より大きく(揚抗比は小さく)なるが,ほぼM2以上で飛べば距離当りの燃費を亜音速機の燃費に近くできる。したがって輸送機は遷音速での運航を避け,亜音速機の次は一気にSSTとするのが経済的となる。…

【断面積の法則】より

…NACA(現在のNASA(ナサ))のホイットカムRichard Whitcombが1952年に発表した。この法則の発見によって造波抵抗を減少させることができ,超音速飛行が容易になった。飛行機が高速になり,機体の周囲の気流が音速を超えると,そこに衝撃波が発生し,大きな造波抵抗が生ずる。…

※「超音速飛行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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