赤羽一(読み)あかば・はじめ

朝日日本歴史人物事典 「赤羽一」の解説

赤羽一

没年:明治45.3.1(1912)
生年:明治8(1875)
明治期の社会主義者。号,巌穴。長野県東筑摩郡広丘村郷原(塩尻市)の地主,問屋長男。明治27(1894)年東京法学院(中央大学)入学。中退し『神戸新聞』記者。再上京後島田三郎の『革新』,松村介石の『警世』記者。『嗚吁祖国』出版(1902)後渡米。サンフランシスコ日本人福音会で社会主義者と交流。日露戦争に反対。桑港日本人社会主義協会幹事。38年帰国。日本社会党員。『平民新聞』『東京社会新聞』編集筆禍入獄。『農民の福音』(1910)が 朝憲紊乱罪で再入獄中自死。<参考文献>荻野富士夫『反文明・反近代主義者としての赤羽巌穴

(松尾章一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤羽一」の解説

赤羽一 あかはね-はじめ

1875-1912 明治時代の社会主義者。
明治8年4月5日生まれ。日本社会党に入党し,「平民新聞」を編集,のち西川光二郎らと「東京社会新聞」を発刊。明治43年「農民の福音」を秘密出版して逮捕され,45年3月1日獄中で病死。38歳。長野県出身。東京法学院(現中央大)卒。号は巌穴(がんけつ)。著作に「嗚呼(ああ)祖国」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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